36人が死亡した2019年の京都アニメーション放火殺人事件で、25日に京都地裁で判決を言い渡される青葉真司被告(45)は自身も重いやけどを負い、医師の懸命な治療で一命を取り留めた。そんな医師の行動に、インターネット上では否定的な声もある。「罪を償わせるために治療した」と初公判前に語っていた元主治医の上田敬博(たかひろ)医師(52)に、「被告を生かした意味」を改めて聞いた。【聞き手・高良駿輔】
――青葉被告への求刑は死刑だった。刑事責任能力が認められれば、判決で死刑が言い渡される可能性がある。
日本は法治国家です。罪を犯せば罰せられると法律で決まっており、それに従うのは当然のこと。「どうせ死刑になる」とリハビリを拒む被告に対し、僕は「罪を償うために生かしている」と説明してきました。その思いは今も変わりません。
――「被告を司法の場に立たせることが自分の仕事」と語っていた。
被告を治療したら称賛されるとか、非難されるとかそういうことは考えていませんでした。被告が死んでしまったら裁判そのものが開かれない。遺族や被害者が法廷で被告に直接質問したり、怒りをぶつけたりする機会がなくなってしまう。それで遺族や被害者の気が済むとは思いませんが、その場すら存在しないのはやるせないことです。僕は公判の傍聴には行っていませんが、23年9月に公判が始まったという報道を見た時、加害者の救命も大切だと改めて思いました。
――そのことを実感する電話があった。
初公判の前、勤務先の病院に事件の遺族という女性から匿名で電話がありました。「被告を救命してくれたことについて遺族としてお礼を言いたかった。どうしても感謝を伝えたかった」と話していました。もっと早く伝えたかったけど、治療途中の連絡はプレッシャーになると控えていたようです。僕は被告のためというよりも、被害に遭った人たちのために治療をした。ネット上では「助ける必要なんてない」とネガティブな意見を書き込む人もいますが、救命を認める遺族が一人でもいてくれて、職務を全うした意義があります。
――被告が自分の言葉で事件について語ることを願っていた。
被告は法廷で謝罪の言葉を述べた。最低限のことはしたのではないでしょうか。黙秘をせず、自分の言葉で話さないといけないと考えたのでしょう。償いたい気持ちの表れだと受け取りました。医師や看護師、リハビリスタッフら被告に向き合った人たちの気持ちを少しは受け止めたのではないかと思います。被告が法廷でできることはやろうとしたのだと考えると、彼を生かした意味はあったのだと感じています。
上田敬博(うえだ・たかひろ)さん
1971年、福岡県生まれ。近畿大医学部卒。京アニ事件当時は近大病院に勤務し、青葉被告の治療を担当した。現在は鳥取大医学部付属病院(鳥取県米子市)の高度救命救急センター長。日本熱傷学会熱傷専門医。