「誰をやるとか、この時期にまだ決めるわけがない」
菅前総理は今年9月の自民党総裁選への対応を問われると、必ずこのように強調するという。岸田内閣の支持率が過去最低水準にある中で、“このままでは自民党全体が沈没する”との危機感を持っているとされるが、本人は多くを語らない。かつて安倍元総理を説得して総裁選挙に担ぎ出し、歴代最長政権を実現させた“キングメーカー”の動向が注目されている。
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「もうやらない」前総理に一目置く岸田総理
3月に行ったJNN世論調査の「次の総理にふさわしい人」という質問で菅氏は5位に入った。いまだ、菅氏の総理復帰を望む声は多いが、当の本人は「やりたいことをやった」「もうやらない」と周囲に語っており、党幹部の1人も「やる気はないだろう」と語る。
そんな菅氏に一目置いているのが岸田総理だ。岸田総理は数か月に一度のペースで定期的に菅前総理の事務所を訪れ、政権課題についての報告とアドバイスを受けている。この1年でも5回訪ねているが、ここで菅氏からされたアドバイスについては、岸田総理は忠実に実行している。パッと挙げるだけでもマイナンバーカード普及、コロナ禍後のインバウンド復活、出産費用の無償化などがあるが、直近で注目されたのが「派閥解消」と「ライドシェア」だ。
自民党“裏金事件” 派閥解消を主張し、解散の流れを作る
菅前総理「非常にわかりやすいのが、派閥の解消。スタートラインとして、そうしたことを進めていく必要がある」
自民党の派閥の裏金事件を受け、発足した「政治刷新本部」。最高顧問を務める菅前総理は初会合後のぶら下がりで“派閥の解消”を主張した。
閣僚経験者からは「無派閥の人が派閥の解消を訴えても説得力がない」との声も上がったが、その1週間後…
岸田総理(1月18日)「(派閥を)解散することを検討している。政治の信頼回復に資するものであるならば、考えなければならない」
岸田総理が宏池会(岸田派)の解散を検討すると発言。その翌日(19日)には派閥の関係者らが立件された志帥会(二階派)、清和政策研究会(安倍派)も相次いで派閥の解散を表明した。
岸田総理は、派閥解消を打ち出す直前の15日に菅氏の事務所を訪れ、約30分面会している。菅氏のアドバイスが岸田総理の背中を押した格好だ。
菅氏は岸田総理の派閥解消の決断に対し、「よかったと思う」と評価する一方で、いまだ、派閥を解散していない麻生派、茂木派に対しては「党で1つ、ということにしないとダメだと思ってる」と自民党としてまとまった対応の必要性を周囲に語っている。
ライドシェアでも存在感
菅氏の発言が岸田総理の政策判断に影響を及ぼした、もう一つの例が「ライドシェア」だ。
菅氏は安倍政権が観光立国を宣言した後、ビザの緩和などに精力的に取り組み、訪日観光客の増加に大きく貢献してきた。
コロナ禍も明け、インバウンド需要が高まる一方で、国内外の観光客が思うようにタクシーを利用できない状況について「政府が責任もって解決しないといけない」との考えを持っていた。
去年の夏、菅氏がライドシェアの国内解禁について必要性を述べると一気に議論が加速。
10月13日、臨時国会召集の10日前に岸田総理は菅氏の事務所を訪れ、約30分面会した。この場で菅氏は「ライドシェアをやったほうがいいですよ」と岸田総理に進言している。
そして臨時国会の所信表明演説には「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組んでまいります」との一文が盛り込まれた。
民放の番組に出演した際には「最終的には法改正というものを、視野に入れて取り組んでいく必要がある」と語っている。
菅氏の訴えに応じるかのように、「ライドシェア」をめぐる超党派の勉強会が立ち上がった。菅氏に近い小泉進次郎元環境大臣らが呼びかけ人となり、11月22日に国会内で初会合を開いた。
年末には政府による中間とりまとめが示され、タクシーが不足する地域や時間帯に限り、タクシー会社の運行管理の下で2024年4月から一部解禁される方針となった。
菅氏の動向が次の総裁選のカギを握る 本命は誰?
3月1日の夜、国会で2024年度予算案の成立をめぐって与野党で攻防が繰り広げられる中、菅氏の姿は都内の日本料理店にあった。
菅政権下で閣僚を務めた萩生田元経済産業大臣、加藤元官房長官、武田元総務大臣に加え、小泉元環境大臣と会食したのだ。
萩生田氏、加藤氏、武田氏は衆院の当選同期で、3氏の頭文字をとって「HKT」と呼ばれ、しばしば会合を重ねているが、小泉氏が参加するのは初めてのことだった。
菅氏のもとに自民党の有力者が一挙に集まった形で、あるベテラン議員は「加藤勝信が総裁選に出たら、全員(加藤氏に)乗れるメンバー」と分析している。
ただ、加藤氏は菅政権下で官房長官を務めたが、世論調査での次期総裁候補としての“数字が低い”との指摘も党内で出ている。
世論調査で常に上位 小石河連合は
裏金事件で大きなダメージを負った自民党。今年9月の総裁選では選挙を見据え、「勝てる人」を選ばなければならない。関係者によると、菅氏はこのような考えを持っているようだ。
次期総裁候補としては、小泉進次郎元環境大臣、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル担当大臣のいわゆる「小石河連合」が世論調査でも高い支持を得ている。
中でも注目されるのが、菅氏に近い進次郎氏だ。
菅氏は昨年末、周囲に対し「次の総裁は思い切って代えないとダメかもしれない。そろそろ進次郎というカードを使うときが来たのかもしれない」と語っていた。
一方で、菅氏の周辺は「(進次郎氏を)大事にしている。まだ早いかもしれないから、潰さないようにタイミングを見ている」と話している。現時点では、“進次郎というカード”をいつ切るべきか、見定めている状況のようだ。
石破氏に関しては、かねてから「政策が合わない」と語り、2012年の総裁選では石破氏ではなく安倍元総理を擁立した過去があるが、自民党最大の危機の今、世論調査で常に上位に位置するの石破氏を担ぐ可能性も否定できない。
また、麻生副総裁の“失言”によって一気に知名度を上げた上川陽子外務大臣も待望論が出ているが、次の総理大臣を目指すにはキャリアが足りず、まだ早いとの声が党内にあり、菅氏もこうした意見に耳を傾けているようだ。
岸田総理 再選の支持の可能性は?
もっとも、菅氏が岸田総理の再選を支持する可能性もある。
これまで、インバウンドの復活や出産費用の保険適用にライドシェアと、菅氏が提案してきた政策を岸田政権は受け入れてきた経緯がある。
しかし、岸田総理は野党から指摘されてから検討するなど、対応が後手に回ることも多いことから、「スピードが遅い」との不満を周囲に漏らしている。
岸田総理の再選を支持するのか、はたまた別の候補を推して阻む立場に回るのか。“キングメーカー”としての菅氏の一挙手一投足が注目される季節がまもなくやってくる。
TBS報道局政治部 与党担当 原 尉之