ALS患者も脳波で「握手」…ロボットやICTで「人間拡張」、未来へ大きな希望

[ニッポン2050]第1部 変わる暮らし<中>

「握手しましょう」
4月中旬、東京都内で、脳波でロボットアームを動かすテストが行われた。実験者は、筋 萎縮 性側索硬化症(ALS)患者の武藤 将胤 さん(37)。音声で握手を予告し、目を閉じた。
30秒ほど意識を集中させると、頭や耳に付けた10個の機器が脳波の動きをキャッチ。腕の位置に付けたロボットアームがおもむろに動き出し、ロボット研究者、吉藤オリィさん(36)の手を握った。
「オーケー」「ばっちり!」。仲間たちの歓声に、武藤さんはほほえみながら応えた。「僕の指令で動いた、僕のアクティブな腕」
11年前に発症。全身の筋力が衰え、気管切開後は声も発せなくなったが、「テクノロジーが身体機能を補完するだけでなく、拡張させ、活動の場を広げてくれる」。会話は視線で文字入力し、音声を合成して行う。デジタル上で音楽を作り、自身のアバター(分身)で海外イベントに参加する。
昨秋、体外受精によって娘が誕生。今回の実験成功で「病気が進んでも妻や娘と触れ合える。未来への希望が強くなった」。吉藤さんは「いずれは脳波で電動車椅子を操作し、外出も可能になるはずだ」と話す。
ロボットやICT(情報通信技術)などを用いて、身体能力や知覚能力を広げる「人間拡張」。誰もが理想の暮らしを送るためのアプローチとして、期待が集まる。
内閣府が2020年に始めた「ムーンショット型研究開発制度」では、50年までに実現したい10個の未来像の一つに「身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」を掲げる。
人間拡張が進んだ未来では、寝たきりの人がロボットを遠隔操作したり、リアルの自分とアバターの自分が別々の職場で同時に働いたりするのが日常になり得る。触覚を遠隔で共有する技術開発などに取り組む、慶応大の南澤孝太教授は「誰もがもう一つの身体を持ち、自分らしく豊かな人生を送れるようになる」と目指す方向性を語る。
今年2月、米アップルが米国内で発売したゴーグル型端末「ビジョン・プロ」も、個人の活動領域や役割を広げ、人口減社会の課題解決に寄与するツールになるかもしれない。
端末は、目と手の動きで操作する「空間コンピューター」と称される。装着すると、今いる空間と仮想世界が融合し、手元で料理をしながら会議に参加するなど、複数の異なる作業を容易に同時進行できる。部屋に月面の景色を重ねて宇宙旅行を疑似で楽しむようなことも可能だ。日本では今年後半に販売開始予定だ。
情報通信会社「スタイリー」(東京)の最高執行責任者(COO)を務める、事業構想大学院大の渡辺信彦教授は「多くの物や行為を省略して、本当にやりたいことに集中できるようになる。1日の時間、1回の人生は今と比べものにならないほどの密度にできるだろう」と述べる。
未来に向けて、様々な技術開発が進む。一方で、新技術の実用化には、倫理面の議論や法整備など解決すべき課題は多い。三菱総合研究所・藤本敦也未来共創グループリーダーは「人口減によって生じる人手不足などを技術革新が補うことは可能だろう。最も重要なのは、個人個人がどう行動し、何を実現しようとするか。ありたい未来を思い描く力だ」と話す。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする