「温暖化した未来は、台風被害がひどくなる可能性」台風科学技術研究センター長の筆保弘徳教授に近年の台風の特徴を聞いた(前編)【台風3号最新情報】

続々と各地方で梅雨明けが発表され、猛暑の夏本番を迎えるとともに、本格的な台風シーズンが迫っています。近年日本に襲来する台風の特徴について、TRC(台風科学技術研究センター)のセンター長で、横浜国立大学の筆保弘徳教授に聞きました。筆保教授は筆者が大学院生だったころの指導教官でもあります。(気象予報士・広瀬駿)
台風3号の最新情報
7月23日午前9時現在、台風3号はフィリピンの東を北上中で、24日(水)から25日(木)にかけて「非常に強い勢力」で沖縄県に接近する見込みです。石垣島や与那国島など先島諸島を中心に、暴風や高波など厳重な警戒が必要です。
日本列島はこれからが、本格的な台風シーズンです。日本に上陸する台風の数は8月(平年0.9個)と9月(平年1.0個)をピークとして、10月にかけて台風の動きが気になる季節が続きます。
強い勢力で日本に接近する台風が近年増えている
(画像:関西エリアに甚大な被害をもたらした2018年台風21号)
筆保教授は近年、日本に上陸する台風の勢力が強くなっていることを指摘します。「ここ数年ですけれども、勢力の強い台風が上陸しやすくなっています。その一つの要因は、海水温です。暖かい海水域がどんどん日本近海に迫っています。2018年の台風21号や、2019年にやってきた「房総半島台風」と「東日本台風」は本当に強く、大きな被害を出しました。このような台風が増えているということが、近年の特徴ですね。」2018年は非常に強い勢力で上陸した台風21号によって、関西エリアの交通やインフラが麻痺しました。「非常に強い勢力」で日本に上陸した台風は、1993年台風13号以来25年ぶりのことでした。2019年は「令和元年房総半島台風」による暴風などの影響で、千葉県を中心に甚大な被害が発生。また、「令和元年東日本台風」では、大雨による土砂災害や河川の氾濫被害が、東日本と東北地方の広域に及びました。
台風災害はさらに激甚化か 台風発生数は減少?
(画像:TRCセンター長の横浜国立大学教育学部・筆保弘徳教授。筆者が大学院生だったころの指導教官でもある)
台風は熱帯から亜熱帯の暖かい海の上で発生、発達します。なぜなら、海水温が高いところでは、より海から水蒸気が供給され、積乱雲が発達するためです。発達した積乱雲が集まり、まとまることで、台風は発達します。
海水温が上昇していることで、やはり避けて通れないのは地球温暖化の影響です。地球温暖化が進行した未来の台風は、どうなるのでしょうか?筆保教授はいいます。「多くの研究者がその謎に挑戦していて、まだ統一した答えが定まっていないところもありますが、台風の勢力が強くなっていくだろうと考えられています。そのメカニズムとして考えられているのは、やっぱり海面水温が高くなって、台風のエネルギーである水蒸気がたくさん蒸発しやすい。そうなると台風が強くなります。」
一方で、温暖化が進むと大気の状態が安定化するため、台風の発生数自体は少なくなるのではないかと考えられています。台風の発生数は少なくても、ひとたび台風が発生したら強い勢力に成長してしまう台風の割合が増える未来を、多くの研究者がイメージしています。
「いまのインフラは、温暖化した未来の台風対策ではありません」
温暖化した未来では、台風による被害がよりひどくなる可能性を、筆保教授は指摘します。「いまのインフラは、いまの台風に合わせてつくっているので、温暖化した未来の台風対策ではありません。たとえば堤防やダムといった治水整備などは、これまでの基準を超えた台風がやってくるので、大きな被害が出てしまいます。1を基準の最大値として、川の水位が0.8や0.9だったらセーフですが、1から1.1でちょっとでも超えたら、一気に川から水が溢れて、堤防はその勢いで決壊してしまいます。50年前に“これくらいで大丈夫と”思って作られた治水整備などの基準を変えないといけない。しかし、それをするには何十兆円、何百兆円という額が使われないといけない。いまは、そのジレンマにあると思います。」
2024年夏 猛暑が海をさらに暖める
去年の猛暑や暖冬など気温の高さが影響して、平年よりかなり高めで経過している日本周辺の海面水温は、ここ最近の猛暑によってさらに“加熱”されています。21日現在、日本周辺は平年より海水温が高く、北海道や東北沖の太平洋は平年より6度も高くなっています。九州から関東周辺の海域では27度を超えている状況です。さらに沖縄・奄美周辺では海面水温が30度以上で、平年より約2度高くなっています。なお、台風は海面水温26.5度以上の海の上で発生するといわれています。
台風の発生や発達には、周辺の風がどう吹いているかなど地上や上空の気象条件も大きく関わってきます。海水温だけが決め手ではないものの、いまのように海の高温状態が続くなか台風が北上したならば、筆保教授は「令和元年房総半島台風や東日本台風と同じような特徴で、勢力の強い台風がなかなか衰退せず、やってくるのではないかと思います。」
予報精度が向上しても被災地が生まれてしまう台風災害
(画像:記録的な暴風で関東地方に甚大な被害をもたらした令和元年房総半島台風)
筆保教授は令和元年房総半島台風の被害調査に参加したとき、被災地の光景を目の当たりにして、研究者として大きな衝撃を受けたそうです。「僕は20年ほど前の学生のときに、台風の被害が起きた現場へ連れて行ってもらったことがあります。当時見た被災地の光景と、その20年後に見た房総半島台風の被害の様子が、ほとんど変わっていませんでした。」
気象庁の台風の予測精度は年々向上しており、人命を守るために上陸前に避難が呼びかけられたり、交通機関が1日前から電車を止めたり、いまではさまざまな対策が進められています。しかし、「我々の台風に対する防御力は、昔と比べてそこまで変わっていない気がします。守りたい建物や外にあるものは、そこまで強くなっていないです。わかりやすいのが、電柱です。突風で50m/sの風が吹くと、電柱は倒れてしまうことはわかっています。50m/sの風が吹いても、倒れないように何かしているかといえば、しているわけではないですよね。台風が来ないように、もう祈っているだけです。」と筆保教授は悔しさを滲ませます。
現代でも依然として、台風は人間にとって脅威である存在です。しかし、台風の脅威をなくして、2050年の未来には台風を“恵み”の存在に変えることを目指すプロジェクト「タイフーン・ショット計画」が始動しています。(インタビューの後半記事で、タイフーン・ショット計画について紹介します)

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