太平洋戦争終結直後に朝鮮人労働者ら数千人を乗せて青森県を出航した旧日本海軍の輸送船が、京都府の舞鶴港で爆発・沈没した「浮島丸事件」から79年となる24日、爆沈地点に近い舞鶴市下佐波賀に立つ「殉難の碑」前に日韓市民や在日コリアンら約250人が集まり追悼集会が開かれた。
主催した地元市民団体「浮島丸殉難者を追悼する会」の品田茂会長(65)は追悼の辞で「79年がたつが、乗船者数も犠牲者数も爆発の原因も解明されていない。遺骨も日本に残されたまま。解決する責任は日本と日本人にある」と述べた。
今年5月には、政府が長年「不存在」としてきた乗船者の名簿類が、厚生労働省に存在することが判明。品田会長は政府に向け「全面的な公開を要望する」と求めた。
京都府知事、舞鶴市長らの名前で献花があり、厚生労働相がメッセージを寄せた。京都朝鮮中高級学校(京都市)の生徒らが追悼歌「はまなすの花咲きそめて」を歌い、参加者は爆沈現場の海に花を投げ入れた。集会は毎年この日に開かれている。