「抜歯の手術で命を落とすとは想像もしていなかった」。堺市堺区の「堺市重度障害者歯科診療所」で昨年7月、全身麻酔で親知らずを抜く治療中に低酸素状態に陥り、約1カ後に死亡した富川勇大さん=当時(17)=の父、勇雄さん(48)は、産経新聞の取材に悔しさと悲しみを口にした。一方で書類送検には「私の思いと同じ内容でありがたく思う」とし、今後の刑事手続きについて「検察の判断を見守りたい」と語った。
令和4年末、かかりつけの地元の歯科医院で勇大さんの親知らずが見つかった。機械の音を嫌がる勇大さんは一般診療所での治療が難しく、昨年3月に堺市重度障害者歯科診療所で全身麻酔をかけて右側の親知らずの抜歯に成功。同7月13日、左側の親知らずの抜歯手術も全身麻酔で行った。
異変は手術の開始直後に起きた。正常なら96%以上とされる血中酸素飽和度が急激に低下し始めたのだ。診療所側は気管支けいれんと判断し、手術を継続。だが、実際はチューブの先端が外れていたために酸素が肺に十分に送られていないという状況で、医師らが気付くことはなかった。
「(血中酸素飽和度が)20%ぐらいの心肺停止の手前で、初めて救急車を呼んでいる。なぜもっと早く気付かなかったのか。結果的に1時間近く低酸素の状態が続いている。命より治療を優先したのかと思う」
事故後の対応にも不信感を抱いた。事故後の同7月15日、診療所側からA4用紙1枚の報告書を手渡され、謝罪を受けた。しかし、手術の詳細な時系列やミスの原因は説明されなかった。
勇雄さんは、突然いなくなってしまった勇大さんの面影を感じない日はない。「車に乗っても、助手席に勇大が乗ることはないのかと思い出してしまう。こんなにつらいことなのか」
勇大さんはプロ野球阪神タイガースのファン。リビングの祭壇には、勇大さんが亡くなった後に成し遂げた優勝、日本一の快挙を報告する記念グッズを供える。身長は180センチと高く、体を動かすのが大好きだった。「警察官になりたいと言っていた。それは難しくても、体を動かせるような職につければと思っていた」と勇雄さんは振り返る。
なぜすぐにチューブを確認しなかったのか、なぜすぐ救急車を呼ばなかったのか。「聞けば聞くほど、ありえへん事故」との思いが今でも募る。「診療所は地域の障害者にとって必要な医療機関。だからこそ、真摯(しんし)に再発防止に取り組んでほしい」と強調する。
「ミスで勇大を亡くして、地獄にいるようにつらい。こんな思いをもう誰もしてほしくない」(木津悠介)