1966年に静岡県の一家4人が殺害された事件で再審無罪判決が下された袴田巌さん(88)に関し、検察トップの畝(うね)本(もと)直美検事総長(62)が8日、控訴を断念するとともに、異例の長文談話を発表した。無罪判決に対する講評も含まれた「畝本談話」は、控訴の断念以上に波紋を呼んでいる。
「畝本総長は控訴期限の10月10日まであと2日に迫っていた8日に談話を発表し、事件から半世紀以上が経った今も有罪か無罪かも決まらない袴田さんの境遇を考え、控訴を断念したと説明した。ただ、談話の大半は判決に対する批評で『不満を抱かざるを得ない』などと記した随分、不穏な内容でした」(検察担当記者)
「検察官も捏造に関わったと断じたところが特に癇に障ったのでしょう」
地裁判決では袴田さんが無罪であるだけでなく、袴田さんを有罪だとする決め手となった証拠が捜査機関による捏造だったと断定。談話はその認定を事細かに批判する内容だった。
「警察官だけでなく検察官も捏造に関わったと断じたところが特に癇に障ったのでしょう。『何ら具体的な証拠や根拠が示されていません』などと不満たらたらで、簡単に言うと『袴田さんは犯人だ』と示唆するもの。その部分だけ読めばむしろ検察が控訴する理由にしか見えないほどです」(同前)
談話は当然ながら、反発を呼んだ。控訴断念を歓迎する立場にあるはずの弁護団も「袴田さんへの名誉毀損だ」と最高検察庁に抗議に訪れる始末だ。
「畝本氏はもともと総長になるはずではなかったので…」
袴田さんのために控訴はしないが、袴田さんを無罪とした判決は徹底的に叩く。矛盾した内容にみえるが、そこには、初の女性検事総長である畝本氏に関する検察内の深刻な対立が反映されているという。
法務検察関係者は「畝本氏はもともと総長になるはずではなかったので、現場からの信頼が薄い。官邸の黒(くろ)衣(こ)とされた黒川弘務元東京高検検事長の総長就任をにらんだ工作に失敗した辻裕教元仙台高検検事長が出世コースから外されたことでお鉢が回ったに過ぎない」とその来歴を振り返る。
いわば、ポッと出だけに、旧来の幹部と比べ、経験の浅さも目立つようだ。
「温和だが、捜査経験も法務官僚としての経験も中途半端。本人は控訴に否定的だったようだが、袴田さんを犯人視する現場から『捜査や公判の機微も知らないくせに』などと突き上げを食らって、こんな妥協案に落ち着いた」(同前)
談話では袴田さんの審理が長引いた原因を検証するとしているが、この姿勢では明快な結論は期待できそうにもない。
「控訴するか談話を引っ込めるか、どちらの決断もできないから結果的にどの方面からも反発を招く結果になる」との検察OBの声も聞こえる。定年の65まで持たないとみる観測まで早くも出ているという。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年10月24日号)