大阪・関西万博が4月13日に幕を開けた。10月13日までの184日間にどんな出会いが生まれ、未来に何をもたらすのか。専門家や関係者に聞いた。(共同通信=大阪・関西万博取材班)
▽「そこにある強さ感じて」―建築家の永山祐子さん
インタビューに答える建築家の永山祐子さん=2025年2月26日
万博は、技術革新を見せる場から「出会いによって未来を創る場」へと意味合いが変化している。国を挙げて盛り上げる機会は、万博とオリンピックくらいしかない。政府も民間も、国際イベントの開催地として与えられたチャンスを生かしてほしい。
万博は理想と現実のはざまだ。既存の法規制では難しいようなことも、半年の短期間イベントだからこそ挑戦できる。新しかったり、浸透していなかったりする考え方や技術を面白がって実験し、社会へのメッセージとなれば、将来的に実装されるかもしれない。 前回のドバイ万博で使用した建材を大阪・関西万博でリユースできたのも、仮設だったからだ。建築が時と場所を超えて動き、建つ場所に合わせて変化する。次はどこで、どこまでつなげられるか。「限られた資源の中で、どう循環を考えるか」が当たり前になる未来へと向かえたらいい。
永山祐子さん
建築家がベテランから若手まで集まり、他国の建築家や建造物に触れる。日本の建築業界にも、これまでになかった気づきが生まれるだろう。実際に開幕前の会場を歩いて回るだけで「こういう物を造るんだ」「これは面白いな」と楽しい。建築に興味がなかった人にも面白いと思ってもらえる建造物ばかりだ。
現地での体験こそが、何よりも意味を持つ。街と同様、いろいろな人がいろいろな思いやコンセプトを込めて設計した「エキスポシティ」が広がっている。足を運び「そこにあるということの強さ」を感じてほしい。 そして日常生活で建築を見る目が変わったり、「自分にも造れるのではないか」と建築家になるきっかけになったり。特に子どもや次世代が感じて、明るい未来を見据えて前向きに進んでくれたらいい。 × × ながやま・ゆうこ 1975年生まれ。東京都出身。1級建築士。東急歌舞伎町タワー外装などを手がけた。ドバイ万博で日本館、大阪・関西万博ではパナソニック館とウーマンズパビリオンの設計を担当。
▽消費1兆円、ホテルが鍵―りそな総合研究所の荒木秀之主席研究員
インタビューに答えるりそな総合研究所主席研究員の荒木秀之さん=2025年2月26日
りそな総合研究所は大阪・関西万博の開催効果として消費額が1兆円に達すると試算した。日本国際博覧会協会(万博協会)が見込む来場者数2820万人を基に、チケット代や交通費、会場内外の消費を合計した。訪日客による会場外消費が3割を占めると推計している。ホテル需要への対応が、経済効果の増減に直結する。 万博協会は訪日客の来場者数を350万人と想定する。全体の1割強だが、1人当たりの消費額は日本人より大きい。大阪・ミナミの繁華街や京都、奈良といった人気観光地との相乗効果も期待できる。会場外消費は2930億円に上ると見込んだ。
課題は急増するホテル需要への対応だ。大阪では新型コロナウイルス禍後に観光業が回復し、人手不足で満室稼働が難しい施設も少なくない。万博は来場者だけでなく警備関係者ら運営側も多数宿泊する。供給不足に陥った場合、訪日客を中心に観光が難しくなる。 対策として稼働率が比較的低い近隣県のホテルを活用するほか、民泊にも期待がかかる。民泊の供給状況をコロナ前と比べると、南関東は1・5倍に増えたが、関西は今も下回っている。訪日客の利用も比較的少なく、大阪の民泊を活用できれば半年間で36万人程度の受け皿になり得る。
大阪・関西万博会場。大屋根リングや周囲に立ち並ぶパビリオンに明かりがともり、きらびやかな景色が広がっていた=2025年4月11日午後
万博は後半になるほど混雑するのが通例だ。せっかく盛り上がってきてもホテルが取れなかったり高騰したりすると来場意欲が失われ、経済効果も低減してしまう。 宿泊の問題を前もって話し合っていれば「法人関係はこの県に」などと調整できたかもしれない。コロナ禍で前回ドバイ万博が延期し準備期間が短くなる誤算もあったが、パビリオン建設や入場券販売に関心が集中してしまい、開幕後に起こり得る課題の議論まで十分に行き届かなかった印象だ。 × × あらき・ひでゆき 1974年生まれ、兵庫県出身。2002年大和銀総合研究所(現りそな総合研究所)。関西のマクロ経済分析や経済効果の推計を担当。
▽「空白」生まない警備を―大阪府警本部長の岩下剛さん
インタビューに答える大阪府警本部長の岩下剛さん=2025年3月13日、大阪府警本部
関西・大阪万博の警備面の大きな特徴は、その実施期間の長さにある。4月13日の開幕日から184日間に、約2800万人の来場者に加えて、国内外から多くの要人が大阪に集まることが予想されている。これほど長く、大規模な警備は他になく、安全確保の難易度はかなり高い。 この長期間を、少数の指揮官で乗り切ることは不可能。万が一、テロなどが発生した場合、誰が指揮官になっても適切に初動対応できるようにしなければならない。そのためには想定できる脅威を事前に抽出し、具体的な対処方法をあらかじめ考え、警備訓練などを通して警察組織や関係機関と共有していく必要がある。
また警備に充てられる人員、いわゆる「リソース」を根拠として態勢を組んでしまうと、警備の隙間が生じる可能性がある。他にどのような任務があったとしても、リスクを個別に丁寧に検討し、それを防ぐための警備計画を、その都度、考えていくことが重要だ。
岩下剛さん
2005年の愛知万博とは情勢が大きく異なっており、今回はさらにドローンを使った攻撃やサイバー攻撃にも備えなければならない。単独でテロなどを計画し実行する「ローンオフェンダー」への対応も求められる。 警備対象は会場やその周辺だけではなく、大阪全体に及ぶ。多くの来場者が訪れるため、府内各地の繁華街対策もある。66の警察署と府警本部が一丸となって取り組み、総合力を発揮する必要がある。
私自身、2002年のサッカーワールドカップ(W杯)日韓共催や2008年の北海道洞爺湖サミット、2021年の東京五輪・パラリンピックなどの警備を経験したが、万博対応は初めて。夏には参院選も控えている。これまで培ってきた経験を生かして、「警戒の空白」を生まぬよう、万全を期したい。 × × いわした・つよし 1968年大分市生まれ。1992年警察庁。警備局警備課警護室長、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会警備局長、警視庁警備部長などを歴任。
▽将来の課題、前倒しで挑む―淡中泰雄万博協会交通部長
インタビューに答える万博協会交通部長の淡中泰雄さん=2025年2月26日、大阪市
鉄道から自転車まであらゆる手段を使い、1日22万人超の来場者を安全に会場へ運ぶ計画を担う。万博のコンセプト「未来社会の実験場」からは自動運転のような明るい未来を連想するかもしれない。だが、輸送力に負荷がかかる万博の機会を活用して、私たちが近い将来直面する課題に前倒しで挑む側面もある。
輸送計画は昨年末に完成した。駐車場などのインフラも整い、人手不足の中でシャトルバスの運転手も確保した。ただ、基盤が整ったに過ぎない。会期前半の来場者の動向を観察し、計画通りに進まないならすぐに手を打つ必要がある。 主要ルートは①大阪メトロ中央線②主要駅からのシャトルバス③会場周辺3カ所の駐車場に自家用車を止め、シャトルバスに乗る「パーク・アンド・ライド(P&R)」の三つ。ライドシェア、船舶なども加わる。一元的に束ねる仕事は類がなく、壮大な実証実験だ。
淡中泰雄さん
費用を積算し、多くの関係者の意見を聞いて調整し、皆で同じベクトルを向いて仕事を進める。1997年の建設省(現・国土交通省)入省以来、四半世紀に及ぶ公務員人生の卒業試験を受けている気分だ。将来の社会に残るダイナミックな仕事はしんどいけれど、人生としては楽しい。
円滑な移動の妨げとなる大型スーツケースなどの対策として、預かり・配送サービスを導入する。鉄道や道路の混雑回避には、時差出勤や配送ルートの変更などを呼びかける「交通需要マネジメント(TDM)」を取り入れる。 走行経路や利用時間帯によって価格が異なるP&R駐車場は、電子入場券と連動した事前予約制だ。過渡期の今は「手続きが複雑」との批判もあるが「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視の社会の潮流に合わせたつもりだ。大型荷物は既に日常の社会課題として顕在化しており、万博でのこうした取り組みがレガシーとなればうれしい。 × × たんなか・やすお 1971年名古屋市生まれ。国交省道路局室長などを経て、2022年から現職。
▽「ゆらぎ」ある遊び場に―数学研究者中島さち子さん
クラゲポーズで写真に納まる、パビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」を手がけた中島さち子さん=2025年2月20日、大阪市
万博には莫大(ばくだい)な可能性がある。約160の国と地域が集まり、多様な人々が出会って「いのち」について考える。好奇心や試行錯誤に年齢は関係ない。0~120歳の「子どもたち」がアイデアを出し合い、未来を思い描く共創の場をつくる。レガシー(遺産)として残したいのは、社会を変えるために動き出したくなるような思想だ。 科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の頭文字から取ったSTEAM教育を推奨している。異なる分野を統合的に学び、新たな解決策を導くことが求められている。
正しいことを学ぶのが勉強だと思われがちだが、学問とは答えがあるようでないもの。マニュアル通りではなく、模索する中で自分なりの答えを創造していくのがSTEAMの考え方だ。 私が手がけたパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」は、答えのない状況で生まれてくる何かを尊重するような「ゆらぎ」のある遊びを提供する場にしたい。クラゲはゆらぎの象徴だ。創造の多様性を引き出し、STEAM教育を実践する機会になるだろう。
中島さち子さん
ジェンダーや人種差別、戦争といった社会課題も学問と同様、終わりが見えない。万博は、学校や企業、家庭といった狭いコミュニティーから出て多様な人々と出会える場だ。他人とかき混ぜられた結果、複雑な問題へのヒントが生まれるかもしれない。
参加して「世の中が変わったな」「何かやってみようかな」と感じた人が増えれば、それはきっと万博の効果だ。業績評価だけを求めるのであれば万博なんてやる意味がない。時代が動く、社会が動くという高揚感が会場内にあふれれば、それがレガシーになるはず。日本の鬱屈(うっくつ)している部分が変わるきっかけになってほしい。 × × なかじま・さちこ 1979年大阪府生まれ。数学研究者でジャズアーティスト。 (聞き手は広根結樹、松田大樹、石田桃子、丸田晋司、仲野智揮)