刑法犯で摘発された少年は年々減少しているにもかかわらず、再非行者の割合が高止まりしている。非行少年は不登校などで基礎学力を習得できておらず、出院後に就労が困難となっているためとみられる。このため法務省は今年度から関西の7つの少年院で、収容少年の学び直しを支援する取り組みを始める。順調に進めば全国の少年院にも広げる見込みだが、講師の指導ノウハウや成功事例の蓄積が求められそうだ。
令和6年の犯罪白書によると、警察が罪を犯したとして検挙した少年の人数自体は平成16年以降減少傾向にある一方、犯罪少年に占める再非行少年の割合は、ここ20年ほど3割前後で推移し、高止まりの状態だ。
喫緊の課題である少年の再非行防止に向けて、兵庫県加古川市の少年院「加古川学園」では3年前から、公文式教室を運営する公文教育研究会(大阪市淀川区)の教材を使い、希望する少年に約半年間、外部講師による学習指導を週に1回実施している。
科目は「国語」と「算数・数学」で、学力や目標に合わせて個別に学習計画を作成。少年は指導を受けつつ、自習時間などに宿題に取り組む。算数は全員が小学校低学年用の教材プリントから始まるが、中には高校の数学に到達し、大学受験を志す在院生もいるという。
これまでに約70人が受講。「忍耐力が身についた」「自ら進んで物事に取り組み、コツコツと丁寧にやる大切さを学んだ。仕事でもこの気づきを生かしたい」。3月下旬、学習を終えた17~20歳の9人が、修了式でそれぞれの成長を発表した。
仕事が続かない
取り組みの発案者は、少年の社会復帰をサポートする「日本財団職親プロジェクト」に参加する、カンサイ建装工業(本店・大阪市淀川区)の社長、草刈健太郎さん(52)。
草刈さんは、出院後、四則計算や読み書きができず仕事が続かなかったり、楽に稼ごうとしてだまされたりする少年を見てきた。家庭環境に問題を抱え、保護者によるフォローも期待できないケースが多く、出院前に基礎学力を身につけさせる必要があると感じた。
そこで、法務省の出院者向け学習フォロー事業を担った実績がある公文教育研究会と、関西の少年院を管轄する近畿矯正管区に少年院内での学習指導を提案。令和4年度から加古川学園で実現し、5年度からは同様の取り組みが大阪府阪南市の少年院「和泉学園」にも広がった。
内面にもプラス
加古川学園などによると、学習指導の効果は、在院中の内定率の向上につながったほか、少年らの内面にもプラスの変化となって表れた。限られた時間で宿題をこなすため、集中力が身につくほか、自らスケジュールを立て遂行することで自信がつき、態度が落ち着いてくるという。
こうした現状を受け、法務省矯正局は医療少年院を除く近畿矯正管区内すべての少年院での学習指導の実施を決め、今年度予算に3年間の事業費として約7千万円を計上。事業者は入札で決める。草刈さんは「学力は更生の基盤になる。ここからさらに広まれば」と期待する。
一方で、効果的な取り組みとなるには講師側の指導力も問われそうだ。加古川学園の法務教官、榎本康人さんによると、講師は勉強に集中できない少年に対し、雑談を交えながらやる気を引き出すなど工夫を重ねており、他の少年院で取り組む際には「こうしたノウハウを共有する必要がある」と指摘。「法務教官と講師が一緒になって、その少年院、目の前の在院生に合った教室を作ることが重要だ」と話した。
基礎学力課題
非行をした少年の更生を図り、円滑な社会復帰につなげる少年院。犯罪白書によると、全国に43施設(令和6年4月1日現在、分院含む)あり、おおむね12~20歳が在院している。
少年院では個々の特性に応じた「矯正教育」が行われている。生活や教科指導のほか、自動車整備や介護などの技能・資格の取得に向けた職業指導もあるが、再非行少年率の大幅な減少にはつながっていない。
令和元年の少年院の出院者のうち、5年以内に罪を犯して再入院、または刑務所に入ったケースは21・2%。この30年間、少年院に入る少年の人数は平成12年をピークに減少傾向が続いていたが、令和5年は前年より約2割多い1632人(男子1498人、女子134人)で、約半数が高校中退者だった。
5年の犯罪白書によると、少年院在院者に中学2年の頃の授業の理解度について質問したところ「分からなかった」と答えた割合は約7割に上ったといい、基礎学力の習得は課題となっている。(藤井沙織)
元法務技官で立命館大教授 宮口幸治氏(児童青年精神医学)
少年院には小学校の勉強で挫折してしまった少年も多い。失敗経験を重ねると無気力になってしまうが、少年院にいる間に、それぞれの学力に合わせたペースで指導を受けながら勉強できるのであれば、よい効果が期待できるのではないか。
少年らには「やってみたらできた」という経験が大切だ。自信をつけることは確実に再非行や成人後の犯罪の防止につながる。刑務所でもこの取り組みを実施できたらすばらしい。
ただ、中には境界知能(知的障害とはされないIQ70以上85未満の状態)などで、見る力や聞く力といった認知機能が弱く、学習指導をする以前の「困りごと」を抱えた少年もいる。そうした少年への支援方法も合わせて考えなければならない。
基本的な学力の習得は人生の財産だ。勉強でつまずき、自信を喪失した少年は周囲の好意を受け止められず、さびしさから悪い仲間とつながる恐れもある。それぞれの学力に合わせた丁寧な学習指導は今の教育現場でも必要だろう。(聞き手 藤井沙織)