建設や製造業など職場での熱中症による死傷者が増えている。高齢化などを背景に、2022年までの5年間はその前の5年間と比べて1・8倍に増加。厚生労働省は企業側に、熱中症の危険度を示す「暑さ指数」を活用した対策を促すが、十分に浸透しておらず、今後、初の実態調査を行うなど取り組みを強化する。(広瀬誠)
「今日は暑さ指数が30度になるという予報が出ています。水分や塩分を補給して熱中症を予防しましょう」。7月24日の朝、千葉市内の建設現場。強い日差しが照りつける中、大成建設(東京)の担当者が、約100人の作業員に呼びかけた。大型ビジョンには、警戒が必要な水準である「27度」の指数が映し出されている。
この現場では、大学の講義棟を建設する作業が行われている。安全確保のため、作業員はヘルメットをかぶり、長袖、長ズボンが欠かせない。直射日光や足元のコンクリートからの照り返しもあって、熱中症への厳戒が必要だ。
作業員(69)は「湿度が高いと、汗がなかなか乾かず熱が体内にこもってしまう。年を取って暑さに弱くなったと感じる」と話す。
同社では、20年頃から全ての建設現場で、暑さ指数を把握する取り組みを始めた。この現場では、午前10時時点の暑さ指数が28度以上になると、1時間に10分の休憩時間をもうけるなどの対応を取っている。
現場責任者(44)は「作業員の年齢層が上がっており、熱中症のリスクは高まっている。危険と隣り合わせの職場で、暑さ指数を有効活用していきたい」と語った。
厚労省によると、職場での熱中症による死傷者は22年までの5年間で、計4354人。このうち、死者は125人(約3%)だった。17年までの5年間の合計と比較すると、死傷者は1・8倍、死者も1・3倍に増えた。18~22年の業種別死傷者は、建設業が最多の916人で、製造業が836人と続いた。
背景の一つには、労働者の高齢化がある。昨年の総務省調査では、65歳以上の就業者は過去最多の912万人。建設業は81万人、製造業は90万人で、10年前より、それぞれ約1・7倍、約1・4倍に増加した。
熱中症は、気温のほか、湿度や日差し、建物からの放射熱も大きく影響する。厚労省は今年3月、建設や製造業などの約500団体に対し、暑さ指数の活用を強く促す通知を出した。具体的には、〈1〉暑さ指数を測定する機器の導入〈2〉指数に応じた休憩確保などの計画策定〈3〉屋根や冷房の設置など暑さ指数を下げる対策の検討――を挙げた。
中小企業の中には、こうした対応を取る余裕がないところもある。
東京都大田区のパイプ製造会社「玉川パイプ」では、パイプを熱する炉の温度が約1000度に達し、午前中でも作業場の室温は35度を超える。従業員は8人。移動式スポットクーラーの設置など暑さ対策を取っているが、指数の計測器までは導入できていない。社長の玉川大輔さん(44)は「指数の導入に当たって費用の補助や計測方法の周知など支援してほしい」と話す。
厚労省は、暑さ指数を活用した熱中症対策を促進するため、取り組み状況を初めて調査することを決めた。毎年11月に行う全国の事業所を対象とした「労働安全衛生調査」で、指数を活用している事業所の割合を調べて課題を洗い出し、対策を検討する。
労働安全衛生法では、金属の溶融など高温作業が伴う現場などを対象に、気温や湿度、放射熱の測定を義務づけているが、暑さ指数については特段定められていない。
産業医科大の堀江正知教授(産業医学)は「高齢化や地球温暖化で、熱中症のリスクは今後も高まる。暑さ指数を把握する取り組みは有効だ」と指摘。「政府は業界団体への呼びかけだけでなく、法令の見直しも検討すべきだ。各企業でも、職場内で少しでも熱を遮ったり、気流を作ったり工夫してほしい」と話している。
◆暑さ指数=気温や湿度、地面や建物からの放射熱などから算出され、環境省がホームページで公表している。日常生活や運動については、▽25度以上28度未満は「警戒」(積極的に休憩)▽28度以上31度未満は「厳重警戒」(激しい運動は中止)▽31度以上は「危険」(外出を避ける)という目安が設けられている。33度以上の予測地点がある場合、気象庁と環境省が熱中症警戒アラートを発令する。