なぜ日本は子育て世代にダメージのある政策ばかり講じてきたのか…世界最速で高齢化が進む本当の理由

※本稿は、大村大次郎『日本の絶望ランキング集』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
ご存じのように現在、日本は深刻な少子化問題を抱えている。
出生率は先進国では最悪のレベルであり、世界最悪のスピードで高齢化社会を迎えつつある。
この少子化については、「日本人のライフスタイルが変わったから」と考えている人も多い。確かに、ライフスタイルの変化によって晩婚化、非婚化が進んだという面もある。
しかし、晩婚化、非婚化は、女子教育の進んだ先進国ではどこにでも見られる現象である。日本が先進国の中で最も少子化が進んでいる理由にはならない。
よく知られているが日本が他の先進国と比して著しく少子化が進んだのは、「政治の無策」という面も大きいのである。
日本では半世紀近く前から、「このままでは少子高齢化社会になる」ということがわかっていながら、有効な対策を講じてこなかった。
半世紀前、日本よりもはるかに深刻な少子化に陥っていたヨーロッパ諸国は、この50年間、さまざまな子育て対策を行い、現在、出生率は持ち直しつつある。
しかし、日本はむしろ子育て世代に最もダメージのある政策ばかりを講じたのである。たとえば、国立大学の授業料はこの50年間に、15倍にも高騰している。また平成元(1989)年に導入され、たびたび税率が上げられてきた消費税は、子育て世代に最もダメージが大きい税金である。国はこの50年間、子育てがしにくくなるような政策ばかりを講じてきたのである。
現在、政府は「次元の異なる少子化対策」に力を入れようとしているが、まだ全然、問題解決にはなっていないレベルである。
半世紀前は、父親一人が働いていれば、多くの家庭で子ども2人くらいは育てることができた。しかし、現在は、夫婦共働きであっても、子ども1人を育てるので精いっぱいという家庭が多い。
日本はいったいなぜそういう国になったのか?
日本はどうすれば少子化問題が解消できるのか?
子育てや教育に関する国際データをもとに検証していきたい。
ご存じのように昨今、日本は急激な少子高齢化に見舞われている。
このまま進めば、どれほど企業が頑張ったところで、日本の衰退は免れない。その事実は、どんな楽観論者も否定できないはずだ。
そして、少子高齢化というのは、いま何も手を打たなければ、必ず進んでいく。つまり、いま何も手を打たなければ、日本は必ず衰退するのだ。
南海トラフ地震のような大災害は、もしかしたら、この数十年のうちには起きないかもしれない、もしかしたら100年くらい起きないかもしれない。
しかし、少子高齢化は、地震のような不確定な要素はまったくない。このままいけば、必ず避けられないものなのである。
厚生労働省の発表では、2022年の出生数は80万人を割りこみ77万747人だった。出生数が80万人を下回るのは1899(明治32)年の統計開始以来、初めてのことである。1970年代には200万人を超えていたこともあったので、この落ち込み方はすさまじい。
先ほど触れたように、日本人のライフスタイルが変わったことは、晩婚化や少子化の一因となった。が、これほど急激な少子高齢化が起きたのは、政治の失策が大きな原因となっているのだ。
というより、ここ20~30年の政治は、わざわざ少子高齢化を招いているとしか言いようがないほど、お粗末なものなのであった。
実は少子化という現象は、日本だけのものではなかった。
「女性の高学歴化が進んだ社会は少子化になる」ということは、かなり前から欧米のデータで明らかになっていた。
そして、欧米では、日本よりもかなり早くから少子高齢化の傾向が見られていた。日本の少子化は1970年代後半から始まったが、欧米ではそのときにはすでにかなり深刻な少子化となっていた。
そして1970年から75年くらいまでは、欧米のほうが日本よりも出生率は低かった。つまり、40年以上前から少子高齢化は、先進国共通の悩みだったのだ。
が、その後の40年の歩みが、日本と欧米ではまったく違うのである。
この40年間、欧米諸国は子育て環境を整えることなどで、少子化の進行を食い止めてきた。
図表1は、先進主要国における家族関係社会支出のGDP比である。これを見ると、日本はヨーロッパ主要国に比べて、かなり低いことがわかるはずだ。ヨーロッパ主要国は少子化を食い止めるために政府がそれなりにお金と労力をかけているのだ。
欧米諸国のほとんどは、1970年代の出生率のレベルを維持してきた。だから、日本ほど深刻な状況にはなっていない。
1974年の時点で、日本の合計特殊出生率はまだ2を少し上回っていた。
フランスは日本より若干高いくらいだったが、イギリスもアメリカもドイツも日本より低く、すでに出生率が2を下回っていたのだ。
しかし、フランス、イギリス、アメリカは、大きく出生率が下がることはなく、2017年は出生率は2近くになっている(図表2)。
一方、日本は70年代から急激に出生率が下がり続け、現在は1.4を切っている(2020年時点で1.33)。もちろん、出生率が2に近いのと、1.4以下とでは、少子高齢化のスピードがまったく違ってくる。
なぜ先進国の間でこれほどの差がついたかというと、日本はこの40年間に、子育てを支援するどころか、わざわざ少子高齢化を招き寄せるような失政を犯してきたからである。
少子化問題は経済問題でもある。
データを見る限りでは、現在の少子化を招いた原因として、経済も非常に大きい要素を占めている。
男性の場合、正社員(30~34歳)の既婚率は約60%だが、非正規社員の既婚率は約20%である(「令和4年版 少子化社会対策白書」)。
非正規社員の男性のうち、結婚している人が2割しかいないということは、事実上、非正規社員の男性は結婚が困難、ということである。
これは何を意味するか?
ジェンダーをめぐる認識が急速に変化しているとはいえ、男性はやはりある程度の安定した収入がなくては結婚できない、という考え方は根強い。だから派遣社員などでは、なかなか結婚できないのである。
つまり、
「派遣社員が増えれば増えるだけ、未婚男性が増え少子化も加速する」
ということである。
そして、日本では近年、男性の非正規雇用が急激に増加している。
図表3は、パートタイム労働者のうち男性に絞って主要先進国と比較したものである。これを見ると日本の男性のパートタイム労働者はこの15年で激増しているのがわかる。
もちろん、パートタイム労働者だけではなく、非正規雇用に枠を広げると、その人数は非常に多くなる。
現在、日本では働く人の約4割が非正規雇用である。その中で男性は、700万人近くもいる。20年前よりも倍増したのだ。つまり、結婚できない男性がこの20年間で300万人以上も増加したようなものである。
現在の日本は、世界に例を見ないようなスピードで少子高齢化が進んでいる。このままでは、日本が衰退していくのは目に見えている。どんなに経済成長をしたって、子どもの数が減っていけば、国力が減退するのは避けられない。
いまの日本にとって、経済成長よりもなによりも、少子高齢化を防がなければならないはずだ。
「非正規雇用が増えれば、結婚できない若者が増え、少子高齢化が加速する」
これは、理論的にも当然のことであり、データにもはっきり表れていることである。
なのに、なぜ政治家や官僚はまったく何の手も打たなかったのか、不思議でならない。
なぜ日本の非正規雇用者数が近年激増したかというと、政界と財界がそれを推進したからである。
バブル崩壊後、財界は「雇用の流動化」と称して、非正規雇用を増やす方針を打ち出した。たとえば1995年、日経連(現在の経団連の前身団体の一つ)は「新時代の“日本的経営”」として、「不景気を乗り切るために雇用の流動化」を提唱した。
「雇用の流動化」というと聞こえはいいが、要は「いつでも首を切れて、賃金も安い非正規社員を増やせるような雇用ルールにして、人件費を抑制させてくれ」ということである。
これに対し政府は、財界の動きを抑えるどころか逆に後押しをした。
1999年には、労働者派遣法を改正した。それまで26業種に限定されていた派遣労働可能業種を、一部を除いて全面解禁したのだ。
さらに2004年にも、同法は改正され、1999年改正では除外となっていた製造業も解禁された。これで、ほとんどの産業で派遣労働が可能になった。
同法の改正が、非正規雇用を増やしたことは、データにもはっきり出ている。90年代半ばまでは20%程度だった非正規雇用の割合が、98年から急激に上昇し、現在では30%を大きく超えている。
また裁量労働制などの導入で、事実上のサービス残業を激増させたのである。
労働者の生活を極限まで切り詰めさせて、一部の大企業、富裕層の富を増大させてきたのがバブル崩壊後の日本である。こんなことを30年も続けていれば、国家が破綻しかかって当然である。
現在、岸田政権は、さすがにこのことに気づいて労働環境の改善に取り組もうとはしている。しかし、日本衰退のスピードに比べると、あまりに遅すぎるというのが著者の気持ちである。
図表4は、OECD34カ国における子どもの相対的貧困率である。
相対的貧困率は、その国民の平均所得の半分以下しか収入を得ていない人たちの割合である。
この子どもの相対的貧困率は、日本がOECD34カ国中ワースト10に入っているのだ。
このデータは「相対的貧困率」とは言うものの、日本は現在、先進国の中で平均所得は低いほうである。そのため、この数値が高いということは「子どもの絶対的な貧困者の割合」もそれだけ多いと考えていいだろう。
図表5は、OECD33カ国における「一人親世帯」の子どもの相対的貧困率である。ご覧のように、このランキングでは日本はワースト1位なのである。
日本は子どもの相対的貧困率も低いが、それ以上に「一人親世帯」の相対的貧困率が低いのだ。
内閣府の令和3年度「子供の貧困の状況と子供の貧困対策の実施の状況」によると母子家庭の親の就業率は83.0%であり、父子家庭の親の就業率は87.8%となっている。
つまりは、ひとり親家庭のほとんどの親は、就業している。
しかし、ひとり親家庭の「正規雇用」の割合を見てみると、母子家庭50.7%、父子家庭71.4%となっている。ひとり親家庭の正規雇用率は著しく低い。
非正規雇用の増加が貧富の格差を招いたことは前述したが、子どもの貧困に関しても同様に、非正規雇用の増加が大きな影響を与えているのだ。
次に認識していただきたいのが、「消費税は子育て世代への負担が最も大きい」という事実である。
前述したように消費税は平成元(1989)年に導入され、この30年間にたびたび増税されてきた。少子高齢化が進んでいく時期とリンクしている。
消費税は、収入における消費割合が高い人ほど、負担率は大きくなる。
たとえば、収入の100%を消費に充てている人は、収入に対する消費税の負担割合は10%ということになる。
が、収入の20%しか消費していない人は、収入に対する消費税の負担割合は2%でいいという計算になる。
収入に対する消費割合が低い人は、高額所得者や投資家である。彼らは収入を全部消費せずに、貯蓄や投資に回す余裕があるからだ。こういう人たちは、収入に対する消費税負担割合は非常に低くなる。
では、収入における消費割合が高い人はどういう人かというと、所得が低い人や子育て世代ということになるのだ。
人生のうちで最も消費が大きい時期というのは、大半の人が「子どもを育てている時期」のはずだ。そういう人たちは、必然的に収入に対する消費割合は高くなる。
ということは、子育て世代や所得の低い人たちが、収入に対する消費税の負担割合が最も高いという現実があるのだ。
子育て世帯に対しては、「児童手当を支給しているので、負担は軽くなったはず」と主張する識者もいる。
しかし、この論はまったくの詭弁(きべん)である。
児童手当というのは、だいたい1人あたり月1万円、年にして12万円程度である。
その一方で、児童手当を受けている子どもは、税金の扶養控除が受けられない。
そのため、平均的な会社員で、だいたい5~6万円の所得税増税となる。
それを差し引くと6~7万円である。つまり、児童手当の実質的な支給額は、だいたい年間6~7万円にすぎないのだ。
しかも、子育て世代には、消費税が重くのしかかる。
子ども1人にかかる養育費は、年間200万円くらいは必要である。食費やおやつ、洋服代、学用品などの必需品だけでも平均で200万円くらいにはなるだろう。
ちょっと遊びに行ったり、ちょっとした習い事などをすれば、すぐに200~300万円になる。
子どもの養育費が200万円だとしても、負担する消費税額は概算で20万円である。
児童手当では、まったく足りないのだ。
つまり子育て世代にとって、児童手当よりも増税額のほうがはるかに大きいのである。
少子高齢化を食い止めるためには、子育てがしやすいように「支給」しなければならないはずなのに、むしろ「搾取」しているのである。
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(ビジネスライター 大村 大次郎)

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