2020年9月、釧路から関西空港に向かうピーチ・アビエーションの機内でマスクの着用を拒否し、飛行機を強制降機させられた「マスク拒否おじさん」こと奥野淳也氏。奥野氏は2021年1月19日に威力業務妨害などの疑いで大阪府警に逮捕され、1月22日に同罪で起訴された。そして2022年12月、大阪地裁で「懲役2年執行猶予4年」の判決を受け、現在これを全面不服とし大阪高裁に控訴している。
そんな奥野氏が、世間を賑わせた「ピーチ機緊急着陸事件」について綴った著書『 マスク狂想曲 2020‐2022年日本 魔女狩りの記録 』(徳間書店)を9月1日に上梓した。ここでは、同書より一部を抜粋し、奥野氏が大阪府警に逮捕された当日の出来事を紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
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「大阪府警や、ピーチの件や」突然警察が自宅に押し入り
「大阪府警や、ピーチの件や」
「奥野さーん、奥野さーん」
ドアをどんどんどんと叩く音が聞こえる。2021年1月19日、火曜日の午後1時過ぎだった。私は自宅アパートのダイニングでオンライン仕事をしていた。
パソコンの手を止めて玄関まで行くと、既に家の中に警察官が2人いて鉢合わせになった。たまたまドアの鍵はかけていなかったので、入ってきていたのだ。
「大阪府警や、ピーチの件や」とガラの悪そうな大阪弁で話す警察官が、いきなり警察手帳を見せる。この男たちは誰だろう、なぜ勝手に家の中に入ってきているのか、私は訳が分からなかった。
本物の警官であるかすら疑わしい。手帳を持っているとはいえ、まるでヤクザの押し入りではないか。それに、北海道で搭乗して、新潟で降ろされた強制降機事件。なぜ「大阪府警」と名乗る男たちが、この茨城県の自宅に来るのだろうか。
「何、これ、逮捕?」咄嗟に聞いた。大阪府警捜査一課だと称する男は「逮捕ちゃう、差押や」と低いだみ声で言う。「今、ちょっと仕事中なんですよ」。「そんなもん関係あるかい、入るぞ」と言い、全く状況も分からないまま、4人の屈強な男たちが玄関口から部屋の中に侵入してきた。
火曜日の午後は、非常勤先の明治学院大学の勤務日である。コロナの影響で全面オンラインだったため、私はずっとパソコンに向かっていた。警察がきたとしても、学生さんの学習権は何としても守らなければならない。
「とるもんぜんぶとっていくぞ」。家に入ってきた警察官たちは、班長の指示に従って各々動き始めた。フローリングのダイニングとキッチン、そして和室が2部屋のひとり暮らしのアパートである。床には山積みの研究教育関係の資料や書籍など、大切なものがたくさんあった。そんなものもまったくお構いなしに、警察官たちが部屋の中を踏み荒らしていく。
「おい、なにしとんや」パソコンの画面をのぞき込む私に、警察官のひとりが大声で怒鳴った。「大学の仕事をしています」「まぁええわ。後でパソコンもとっていくからな。はよ画面閉じとけや」。このような状況で学生さんたちと話をすることは到底できない。私は、警察官の目を盗んで、急いで同僚に短文のチャットを送った。「急な用件が入ってしまいました。代わってもらえませんか?」
事件当時の服やリュックサック、航空券のチケット、スマホ、iPadなど、警察官たちは押収対象物とされるものを探し出して次々ととっていく。
「スマホとかiPadはロックかけてへんやろな」「もともと私はロックかけない派ですよ。実際かかってないじゃないですか」「それやったらええわ、かかっとったら壊すぞ」
iPad、預金通帳、パスポート、スニーカーが次々と押収対象に
「おい、これもや」警察官は、私が手に持っていたiPadも出すように要求した。「これは事件の後に購入したものなので無関係です」と私は説明した。実際、事件当時に飛行機の中で使っていたiPadは、今しがた提出した。しかし、こちらは事件の後に買ったもので無関係だ。差押対象にはならないはずである。「事件の後に買ったものかどうかなんか分からへんやろ」と警察官が言う。私は契約書類を見せて、購入日を示した。「その契約書類のもんが、その持っているのと同じとは限らへんやろ」。もはや滅茶苦茶な言いがかりである。さらに私は機種名が同じであることも示した。なおもその警察官は納得しない。「もうええわ、後でとっていくぞ」。いったん、iPad押収は保留になり、彼は別の箇所の捜索に向かった。
当初4人いた警察官は、いつの間にかさらに2人加わり、6人体制となっていた。狭いアパートに大きな男たちがひしめき合い、ブツを探してあちらこちら動き回る。ふと目をやると、床に踏みつぶされたカップラーメンが転がっていた。底が割れて粉が出ている。「誰が踏んだのですか?」私はカップを手にとり、それを見せた。「知らんがな」警察官たちはしらばくれる。室内は、警察の物色でどんどん荒らされていった。
警察官のひとりが、不意に私の足を踏んできた。「足踏まないでくださいよ」と私はその警察官を注意した。するとその警察官は「お前も何回も踏んどんのやろが」と逆上した。「じゃあ、私がいつどこで踏んだと言うんですか? 言ってくださいよ」。言いがかりも甚だしい。「いちいち、ごちゃごちゃ言うなや」と警察官はすごむ。みずからの行為をかえりみることもなくただ横暴を続ける大阪府警。市民の家で何をしてもいいと警察は考えているのだろう。民主主義の時代に、いまだにこのような体育会系の捜査をしているのである。
警察が持っていこうとするのは、飛行機の降機事件とはおよそ関係が薄そうなものばかりである。国内線搭乗であるにもかかわらずパスポート、詐欺や横領事件でもないのに預金通帳、事件現場に足跡でもついているのかスニーカーなど。ただの嫌がらせか、警察権力を誇示して屈従させたいのか。
「通帳を出せ」と警察官は言ってきた。私は押入れから、通帳など入った袋を持ってきた。袋には、通帳のほかにキャッシュカード、暗証番号をメモした紙片、口座開設時の書類なども入っている。「それをこっちに渡せ」「何が押収の対象なのか言ってくれたら、それを渡しますよ」「こっちが判断するから、つべこべ言わずに全部渡せや」「だから、何が対象なのか示してくださいよ」「ええから出せや」警察官が睨んですごむ。こういうやり方で相手を怖がらせれば従うとでも思っているのだろうか。
「いえ、金銭に関わる重要なものですから、きちんと令状で対象物確認しないといけないですよ」。私は、通帳一式を持った手を後ろの方に引いた。すると、取り囲んでいた警察官のひとりが私の手をつかみ、力ずくで引っ張った。私は手を上にあげ、別の警察官が反対の腕をおさえつける。金目のものはすべて奪われた。警察がやっていることは強盗集団となんら変わらない。ただそこに権力の裏付けがあるかないかだけである。
「お前はもう逮捕や」と拘束された
同僚に送ったチャットが気になっていた私は、パソコンの画面を見に行った。返信が届いていた。後はすべてやっておいてくれるとのことで、ひとまずホッとした。目を和室のほうに向けると、敷いてある布団を警察官が踏んでいる。その事実を証拠に残そうと、私はとっさにiPadのカメラを向けた。シャッターのボタンを押したその瞬間、警察官のひとりがレンズに手をかざした。よほどやましくて撮られたくないのだろう。副班長が「もう限界やぞ、取り上げろ!」と叫んだ。
眼鏡をかけた若い警察官が、横から私の服の襟をつかみ、そのまま柔道の技をかけるように硬いフローリングの床になぎ倒した。その警察官と私は、勢いよくともに倒れ込んだ。即座に肢体を複数の警察官がおさえこむ。
私は、仰向けにされたまま両手、両足をおさえられ、手に持っていたiPadを引きはがされた。欲しいものは全部とり終えたのか、その瞬間「捜索終了~」と班長が告げた。「お前はもう逮捕や」。その時初めて逮捕という言葉を聞いた。「ピーチの件で逮捕状が出ている」そう告げられた。四肢のおさえ込みを解かれ、起き上がると、床の上には、柔道技の警察官の眼鏡が転がっていた。警察官らが一斉に実力行使でiPadを取り上げた激烈さ。戦場のもみ合いを物語るかのように、眼鏡のつるが折れて無残な姿をさらしていた。
〈 「警察に言われて着けるはずがない」取調室でもマスク着用拒否…“マスク拒否おじさん”の逮捕中に起こっていたこと《ピーチ機緊急着陸事件》 〉へ続く
(奥野 淳也/Webオリジナル(外部転載))