コロナ禍以降、「大学生の貧困」がかつてないほど増加し、社会問題となっている。貧困に直面した学生たちは、どのような生活を強いられることになったのだろうか。長年貧困問題を取材し、自身も貧困家庭で育ったライターの吉川ばんび氏が、当事者である大学生や、支援する認定NPO法人などに実情と課題を聞いた。
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一人暮らしや下宿している大学生の生活はとりわけ切迫しており、仕送り額の平均は年々下がっている。全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が2023年3月に発表した「第58回学生生活実態調査」によると、2022年の下宿生の仕送り額は1ヶ月6万7,650円で、1982年以降で最少となった。
一方で、学費は年々高くなり、必要な教材費は値上がりを続け、物価は高騰するばかりだ。同調査によると、大学生の日常生活の悩みは、「生活費やお金のこと」が47.4%で、前年から7.4%も増加。経済生活に悩みを抱える大学生が増えていることがわかる。
じわじわと襲いかかってくる生活苦を周囲に打ち明けられず
「タイミングが悪かったようで、とにかくアルバイト先が見つかりませんでした。ああいう状況でしたからどこも従業員の数をかなり絞っていたようで、特に飲食店なんかは全然ダメでした」
こう話すのは、都内の大学に通う高野浩二さん(仮名・21歳)。高野さんが入学した当時、すでに新型コロナ感染症拡大の影響による「外出自粛要請」が東京都から出されていた。入学式は当然のように行われず、授業はリモートがメインで、対面ではなかなか行われなかった。幸い高野さんは大学の寮で生活していたため孤立まではしなかったが、じわじわと襲いかかってくる生活苦についてはなかなか周囲にも、実の母親にも打ち明けられなかった。
高野さんの父親はすでに他界している。以降、母親の美津子さん(仮名・49歳)は、現在に至るまで1人で3人の兄弟を育ててきた。美津子さんは派遣社員として働いており、年収は250万円に届くかどうかだ。家族が食べて行くのがやっとで、とても仕送りや援助をする余裕などない。
大学入学当初の高野さんの生活基盤は、親を亡くした家庭を対象とする「あしなが育英会」の奨学金と、学業成績優秀者に給付される大学独自の奨学金だった。「日本学生支援機構」の奨学金貸与にも申し込んだが、選考の結果、「家計基準を満たしていない」という理由で不採用となってしまった。高野さん一家の生計維持者は母親の美津子さんで、年収は250万円のはずなのに、なぜ不採用だったのか。その理由は、家計基準判定の際に参照される収入状況が、現在のものではなく2年前に遡るためだ。
日本学生支援機構など奨学金を給付・貸与する組織の多くでは、家計基準の判定が、生計維持者の所得や市町村民税の課税情報に基づいて行われる。例えば2023年春から奨学金を受け取りたい場合、2022年度の市町村民税の課税情報で審査をするため、2021年1月~12月の所得に基づいて判定が行われる。
それまで正社員だった美津子さんは、新型コロナ感染症拡大の最中に人員削減のため、会社都合により解雇されてしまった。正社員として働きたくても再就職先はなかなか見つからなかった。
現在は派遣社員として仕事をしており、年収は250万円ほどまで下がってしまったが、日本学生支援機構で審査される所得は、2年前のデータだ。そのため経済的に困窮しているにもかかわらず、「家計基準を満たしていない」という理由で不採用となってしまったというわけだ。
行政からフードパントリーを紹介されるが、十分な量は得られず
高野さんの場合、遺児を対象とする「あしなが育英会」の奨学金が、給付と貸与分を合わせて月に7万円口座に入る。そこから大学の寮費である4万円を差し引くと、食費や通信費、教材費、交通費等を3万円の中でやりくりしなくてはならない。通信費は安いプランを調べたり見直したりして工夫することで、月3,000円ほどに抑えることができた。
困難だったのは、食事の面だ。節約のために夜遅い時間になってからスーパーへ行き、おつとめ品や割引になった食材を購入して自炊をする。日中に売られている正規の値段のものは、高くて到底買えなかった。
食べ盛りの年齢にもかかわらず、お腹が膨れるまで食べることができない日が続いた。
何をどうすれば良いか、自分が今どういった支援に頼ることができるのかまったくわからず、手探りの生活に疲弊していたとき、一度だけ行政に相談をしたことがあった。社会福祉課に行き「何らかの支援を受けられないか」と尋ねると、毎月開催されているというフードパントリーを紹介された。フードパントリーとは、食に困っている人が受けることができる食糧支援活動のことである。
フードパントリーで乾麺、野菜、果物、缶詰などをわけてもらって少し生活の足しにはなったものの、それでも「十分な量」とは言い難かったという。しかしながら社会福祉課の窓口では、支援についてそれ以上のアナウンスはなかった。
食糧支援と月1万円の支給を受けることに
変わらず苦しい生活が続いたため、奨学金を借りている「あしなが育英会」に相談することも考えたが、貸与の奨学金を増額できる可能性はあっても少額であり、こちらも当てにはできなかった。大学卒業後に返済が待っている数百万円のことを考えると、気分が暗くなった。
どうにもならなくなった頃、母の美津子さんから「『ユキサキチャット』という支援を頼ってみてはどうか」と提案を受けた。「ユキサキチャット」とは、認定NPO法人「D×P(ディーピー)」が不登校や中退のほか、生活困窮する若者を対象に行っている支援事業だ。LINEで進路・就職の相談を受け付けており、親に頼れず暮らしている25歳までの人に食糧やお金を届ける「ユキサキ支援パック」というサポートも行なっている。
高野さんがコンタクトを取ってみると、すぐに返信があり、支援を受けられることになったという。食糧支援に加えて月に1万円を3回分、合計3万円を支給してもらった。野菜ジュースから乾麺、レトルト食品など、以前支援を受けたフードパントリーよりも多い食糧が送られ、食糧支援を受けている間は1ヶ月間それだけで食いつなぐことはできないまでも、少し食材を買い足すだけで済んだ。
食糧支援を受けられるようになって1年が経つ頃、アルバイト先がようやく見つかったこともあり、現在、高野さんの生活状況は好転してきているという。アルバイト先は家電量販店で、土日がベースのシフト制。高野さんが大学から給付されている奨学金は、先述したとおり成績が優秀な生徒が対象になっている。成績を下げてしまえば、大学に継続して通うことはできなくなる。そのため、平日は学業に専念しなくてはならず、友人と遊ぶ余裕はおろかアルバイトをする余裕もない。
一人暮らしをしている高野さんの友人の中には、こうした生活困窮からアルバイトを2、3個掛け持ちして働いている人もいるという。アルバイト先が見つかってもコロナ禍真っ只中ではなかなかシフトにも入れてもらえず、止むを得ず複数のアルバイトを掛け持ちしている大学生は決して少なくない。
大学入学までにかかる学費は、教材費だけでも20万円以上
現在、日本では大学生の学費、教材費が上昇する傾向が続いている。文部科学省が発表している「国公私立大学の授業料等の推移」によると、1989年(平成元年)度の国立大学・公立大学・私立大学の学費(入学料と授業料)はそれぞれ、52万5,000円・60万172円・82万7,184円だったのに対し、2021年(令和3年)にはそれぞれ、81万7,800円・92万7,668円・117万6,894円に増加した。
また、全国大学生協連が新入生の保護者を対象に行った「2022年度保護者に聞く新入生調査」では、「教科書・教材購入費用」の平均額が21万9,200円で、前年の調査より4,300円増加している。
パソコンなどを含めて入学までにかかる教材費だけでも概ね20万円以上となり、保護者の援助を受けられない学生は、これを自ら負担しなくてはならない。このように、ただでさえ経済状況が厳しい大学生に、今回のコロナ禍による影響がさらに追い討ちをかけた形だ。
経済的に余裕のない子どもたちの「救済策」は…
大学生の貧困に関しては、これまでも多くの議論がなされてきた。直近であれば、特別な事情を抱えた大学生が、一時的に生活保護を受給する権利を求める署名活動(実際に受給が認められなかったケースでは、実家の虐待から逃れてアルバイトで生計を立てながら大学進学した生徒が、体調不良のために数ヶ月の休養が必要となった。そこで、一時的な公的支援を求めて役所の窓口を訪れたものの「大学は贅沢品です。まずは大学を辞めてから来てください」と門前払いをされてしまった)に対して非難の声が殺到。当事者たちに、心無い言葉が投げかけられた。
経済的に余裕のない家庭に生まれた子どもたちの「救済策」として現状、唯一機能しているのが日本学生支援機構などの奨学金制度であるが、高野さんの事例でもあったように、借り入れの審査で参照される家計収入は2年前にまで遡る。現在の生活状況が反映されていないばかりに、奨学金がなくては進学が難しい子どもたちであっても借り入れができないという齟齬が生じている。
若者から生活困窮の声は今でも多く届いている
生活困窮に陥っている若者への支援には、どのような課題や問題点があるのか。前述のような支援事業に取り組んでいる認定NPO法人「D×P」の広報・熊井香織さんにも話を聞いた。
「D×P」によれば、コロナ禍以前には692人(2020年3月時点)だった「ユキサキチャット」の累計登録者数が、コロナ禍に入って4,107件(2021年3月時点)まで激増。現在(2023年8月時点)は1万1,532件に達したという。
2022年度の相談内容の内訳は、食糧支援や現金給付の問い合わせが44.4%、不登校ひきこもりの相談が21%、進学相談が13.4%、退学や転学の相談が6.0%。中には、虐待被害の相談も含まれる。
「コロナの感染拡大から3年以上経ちました。もう落ち着いているのではないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、コロナの影響は今も続いてます。コロナ禍からの滞納の継続、借金、メンタルシック、さらに物価上昇もあり、若者から生活困窮の声は今でも多く届いています。
『ユキサキチャット』の相談者数も増え続け、相談内容が長期化・深刻化していることが課題です。高野さんのようにどうしても制度の狭間で取り残されてしまっている方もいますし、学生に対しての支援策がまだまだ不十分であると考えています。だからこそD×Pとして、食糧支援・現金給付をコロナ禍以降も継続することを決めました。
皆さんには、若者が抱えているさまざまな困難に関心を寄せていただき、現状について一緒に考えていただけたらと思っています」
(吉川 ばんび)