「芸能史上最悪の性加害」になぜ警察も政府も動かないのか…逃げを打つジャニーズ事務所に加担する4つの勢力

10月2日に開かれたジャニーズ事務所の2回目の会見。事務所には不名誉なことだが、茶番だったという見方が強い。挙手を無視され、質問できない記者たちが抗議。それを壇上から、事務所の新しい顔となった井ノ原快彦氏が「ルールを守って」と制止し、記者席から同調の拍手が上がるという一幕が問題になった。後日、会見に当たり、指名候補記者やNG記者のリストがあったことが露見し、事務所への批判が高まっている。
会見内容自体は、大枠は示したものの実現性は不透明、というもの。タレントの営業やマネジメントなどを担当する新会社と、補償会社とに分割する方針を決めたが、新会社のファイナンスは未定。このため現在、全株を保有する藤島ジュリー景子・前社長の影響力を排除し、同族経営から脱却できるかも不明。アドバルーン効果以上のものはなく、事務所との取引を停止した企業が再開を決めるには、難しい内容だった。
こうした結果になったのも、新会社の社長を外部から招聘(しょうへい)しない理由や、補償の算定基準などの重要事項を公表せず、積極的に説明しようという意思が見られなかったからだ。NGリストの存在も相まって、ジャニーズ事務所の根深い隠蔽(いんぺい)体質がまたも印象づけられた。
実際、9月に開かれた1回目の会見時より、さらに隠蔽度は高まった。社長の東山紀之氏と副社長の井ノ原氏というタレント2人を矢面に立て、旧経営陣はその陰に隠れる構図は相変わらず。キーパーソンの白波瀬傑・前副社長は引き続き姿を見せず、前回出席したジュリー氏は欠席した。
その代わり冒頭、ジュリー氏のレターが代読された。長尺の時間を使って彼女のこまごまとした心情を伝えることの方が、分割後の2社の詳細説明より、事務所にとっては重要であることが改めて示された。再発防止特別チームの調査報告書で問題だ、と指摘された同族経営で培われた企業風土に変化はなかった。
初回同様、タレントの価値も毀損(きそん)された。前回は東山氏の性加害疑惑が問題になったが、今回はNGリストの発覚により、井ノ原氏のイメージが著しく損なわれた。これもまた、長年の性加害の隠蔽と放置に責任のある旧経営陣が表に出ていたら、起きなかったことだ。結局、タレントを盾にして、旧経営陣を守る事務所の方針は変わらない。言い換えると、タレントを取り立てて守ろうとしない、という事務所の方針は継続中、ということだ。そもそもこれが、ジャニー喜多川氏が長期にわたり児童タレントの性虐待を続けることができた理由の1つだった。
タレントを守ることを怠る企業、それがジャニーズ事務所の繁栄の裏側にあり、そうした企業体質はいまだに保持されている。これが事務所に内在する最も深刻な問題であり、そうした企業風土が抜本的に改革されない限り、未成年タレントの育成はやめるべきだし、成人タレントにとっても、安心して活動できる環境の確保はおぼつかない。もちろん他企業は、事務所との取引を継続・再開すべきでない。
もしジャニーズ事務所がタレントをもっと守る気があれば、たび重なる節目の時期に、適切な調査を行ったはずだった。8月末に発表された再発防止特別チームの調査報告書は、(1)文春との裁判、(2)ジャニー氏および、事務所の采配をふるっていた姉のメリー喜多川氏の死去、(3)BBCの取材時、の少なくとも3回にわたり調査が可能だった、と記している。
調査報告書の発表後も、「全容解明をしないのか」という質問は、記者会見で毎回出ている。そのたび事務所は、「被害者のプライバシーを保護し、彼らの気持ちを尊重する必要があるため不適切」と答えている。今回は、300人を超える被害者から補償申請があったことを明らかにしたにもかかわらず、わずか21人の被害者のヒアリング結果をまとめた再発防止特別チームの調査について「徹底した事実調査をした」とまで言い切った。
だが、事務所が繰り返す「被害者のプライバシー保護」という理由は、的外れだ。ヒアリングを徹底的にするべきなのは、被害者というよりむしろ、経営陣やスタッフ、合宿所やジャニー氏の自宅などに出入りしていた清掃や送迎担当者、「ジャニ担」など、事務所やタレントと頻繁につきあいのあったテレビやスポーツ紙などの編集・制作、及び広告代理店の関係者らだからだ。それと被害者の話を照合する必要がある。
問題の根本は、これだけ多くの人たちが長期間、性加害の隠蔽と放置に協力してきたことだ。つまりジャニー氏やタレントの周辺にいた人たちが、なぜ何十年もこの犯罪を見過ごしてきたのか、ということだ。どのようにしてこうした環境がつくられ存続してきたのか把握し、それを解消するための有効な対策を講じなければ、再発防止ははかれない。
しかもジャニー氏だけでなく、社員による性加害もあった、と調査報告書は指摘している。事務所側に相談したのに我慢するよう言われた、という被害者の証言も出ている。そうした重大な問題が再び見過ごされている。隠蔽と放置は変わらず続いているのだ。
ここで指摘しておきたいのは、そもそもジュリー氏が全株保有の代表取締役社長であるまま実施された再発防止特別チームの調査には、根本的な欠陥があることだ。社員やスタッフなど組織内部の者は報復を受ける恐れがあるため、具体的な証言を差し控える傾向がある。アメリカでも、経営陣が交代したり匿名での証言を保障しなければ、調査内容の信頼性に問題が出る事例が起きている。
この点から言って、ジュリー氏に任命された東山氏や井ノ原氏が経営のトップにいる状態で、再調査をすることは好ましくない。外から全く新しい経営者を呼び、体制を一新してからでないと、具体的な証言が出てこない恐れがある。新会社と補償会社の社長を東山氏が兼任するのも、会社の方針を決める力を外部者に渡したくないという意思の反映かもしれない。
ただ、ジャニーズ事務所が全容を解明し、「タレントを守らない」自らの体質を転換できないのは、事務所だけの責任ではない。変わりたくない、という彼らの意思に寄り添い、それを支える多くの援軍がいるのだ。ここでは4グループの協力者を挙げておく。
第一の協力者は再発防止特別チーム。報道による告発を除けば、彼らが作った調査報告書は現在、まとまった形での唯一の参考資料だ。だが調査の欠如を何度も指摘しているのに、提言では、さらなる調査が必要、という話は消えている。被害認定に当たり、「法律上の厳格な証明を求めるべきではない」という異例の形で救済措置制度を作ることを提言したのは画期的だ。
だが、そのバーターとして、詳細な事実認定を行い、それに基づく的確な対策を提示する、という本来の役割を放棄している。つまりこの報告書自体が、事務所が調査せず隠蔽・放置してきたという事実を結果的に放置する「隠れみの」としての役割を果たしている。
性加害を認め、謝罪して救済すればすむ話なのだろうか。提言も、人権方針の策定や研修実施、ガバナンスの強化などごく標準的・表面的な内容にとどまっている。結局、話を小さく収めたい事務所の意向から大きくそれたようには思えない。元検事総長だった林眞琴・同チーム座長は、これが本当に包括的調査の必要ない事案だと考えているのだろうか。
第二の協力者は、この件について、頑として調査や捜査をしない政府や警察、国会などの公的機関だ。現在の混乱ぶりを見ても、もはや再調査をジャニーズ事務所に任せるのは無理だ。公的機関の介入の必要性が高まっている。
海外でも、アメリカのペンシルベニア州立大学で起きたアメフトコーチによる未成年の少年の性加害事件では、存命の被疑者は当然逮捕されているし、イギリスのジミー・サビル事件でも、被疑者死亡の下、捜査が行われている。その上でさらに、性加害の現場となった組織が、外部の人間に委託して内部調査を行っている。つまり警察による捜査と、当該組織による内部調査の二本立てで全容解明の努力がなされ、それを通じて社会的正義の実現がはかられている。
それに比べ、ジャニーズ性加害問題では、警察の捜査による全体像の取りまとめといったことはされず、再発防止特別チームによる内部調査も、わずか約20人の被害者を対象にしただけ。国際基準から見た場合、いかに不十分かわかるだろう。来日した国連人権理事会作業部会が8月に発表した声明で、「政府が主な義務を担う主体として、実行犯に対する透明な捜査を確保し、謝罪であれ金銭的な補償であれ、被害者の実効的救済を確保する必要性」を口にし、国の関与を求めたゆえんだ。
公訴時効があったとしても、ジャニー氏とジャニーズ事務所は、本来であれば法的責任があるという認識を公的に共有する作業が必要なのだ。
公的機関が関与すべきもう一つの理由に、社会的影響の大きさがある。ニュースとして連日大きく報じられる中で、女性など、ジャニーズ事務所と直接関係のない性暴力の被害者たちも、大きな心理的苦痛を受けている恐れがある。
さらに今後も、ジャニー氏やジャニー氏以外の加害者による性虐待の告発が頻発する可能性がある。現にNHKが10月9日、局内でジャニー氏による性加害が行われていたと報道したばかりだ。つまり、いつまでたっても適切な対処が行われている、という社会的な認識が得られない。これも包括的調査による全容解明がなされないからで、だから大きな枠組の下でまとめていくプロセスが必要なのだ。
第三の協力者は、そうした公的機関の介入が必要であると、強く主張しないテレビや新聞、雑誌などの大手メディアだ。これは二重の意味で問題だ。これまで保身と自らの利益のために、ジャニー氏の性加害について沈黙を保ってきたのに、それを反省すると言いながら、再び報道機関として果たすべき役割を怠っているからだ。4つの協力者グループの中では一番罪が重い。
特にジャニーズタレントを長年起用してきたテレビは、「未成年のタレントを守ることを怠った企業」の片棒をかついでいたわけだ。テレビ局による検証報道は一部で始まっているが、テレビ朝日のように無視したままのところもある。また、検証報道をしても、一方でジャニーズ事務所側の会見指名候補リストに名前が載り、実際にお手盛り質問をしていたTBSのような事例もある。
テレビへの信頼を回復するには、(1)ジャニー氏が性加害をしていたことを薄々でも知らなかったのか、それをなぜ放置したのか、という問題に加えて、(2)番組制作や報道をする上で、ジャニーズ事務所からどのようなメディアコントロールを受けてきたか、(3)見返りとして、編成や制作部門は便宜供与を受けていなかったか、などについて、第三者委員会による調査を行うべきだ。これは新聞や雑誌も同様だ。
第四の協力者は、意外かもしれないが、実は所属タレント自身。東山氏も井ノ原氏も、旧経営陣の弾除けのように使われ、人生の目的だったはずのタレント活動に支障が出て、自らのイメージまで毀損されている。それでも事務所の新しい顔として支え続けている。だが、この事務所は、タレントを守ることを怠ってきた組織だ。そして、そうした2人が上に立つことによって、他の所属タレントが今後、自由に行動する権利を妨げている恐れがある。
2人が体現する自己犠牲的で献身的なタレント像がもたらす弊害についても、考える必要がある。ジャニーズタレントは元々、まじめで行儀がよく熱心、という「いい子」のイメージが強い。ジャニーズだけでなく日本の若いタレントには、制度の枠内で期待された役割をこなす、利口で従順な印象がある。それは、反抗的で当たり前とされるアメリカのティーンエイジャーのイメージとは正反対だ。
もちろんそれが悪いわけではない。だが、何十年もずっと噂レベルで存在しながら、なぜジャニーズ事務所の児童性虐待は問題化しなかったのだろうか。背景には、こうした従順な子供を求める予定調和的に平穏な日本特有の空気がある。その意味では、ジャニーズ事務所が分割されようが、社名が変わろうが、タレントの出演CMや番組がキャンセルされようが、何も変わりはない。
タレントを大事にしないジャニーズの企業風土を変えていく動きが、タレントの内側から出てきてこそ、ジャニー氏がもたらした大きなダメージを乗り越え、日本の芸能界を新しく作り替える大きな力となるはずだ。
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(アカデミック・ジャーナリスト 柴田 優呼)

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