手続き簡略化から1年、ネット中傷の発信者開示請求が急増…対応できない事業者には制裁金も

匿名によるインターネット上の 誹謗 中傷に対し、発信者を特定する開示請求手続きが大幅に簡略化されて10月で1年になり、裁判所への申し立てが急増している。新制度は特定までの時間を短縮し、速やかな被害救済が期待される一方、対応する事業者側の負担は重くなっている。裁判所の開示決定に事業者が対応できず、制裁金を科されるケースもある。(田中俊之)
申し立て件数は3倍に

「誹謗中傷の文言がネット上から消えることはない。手続きが楽になり、弁護士に頼らなくても、自分でできるようになった」。安全保障についてネット上で自身の考えを発信する男子大学生(25)はそう新制度の利点を語る。
大学生によると、今年に入り、自身のSNSなどに容姿を 揶揄 する匿名の投稿が寄せられるようになり、新制度で25件の開示請求を東京地裁に申し立てた。
最高裁によると、新制度の申立数は、全国の地裁で今年8月末までに計2764件だった。SNS事業者などの所在地で請求するため、このうち約95%(2644件)が東京地裁に集中。同地裁の専門部では、新制度がなかった2021年の申立数は894件で、新制度は既に3倍近くになっている。
開示までの期間短縮、業者の負担は増加

発信者を特定するには、〈1〉SNS事業者が管理するIPアドレス(ネット上の住所)を取得する〈2〉その情報で判明したプロバイダー(ネット接続業者)に発信者の氏名や住所の開示を求める――といった2段階の手続きが必要だ。
従来は2回の手続きが必要だったが、昨年10月施行の改正プロバイダー責任制限法で導入された新制度では1回で済むようになった。法廷で争う一般の訴訟ではなく、裁判所が被害者からの申し立てに基づいて発信者情報の開示の可否を決定する。申し立て手数料(印紙代)は1件1000円で済む。
新制度を利用する弁護士らからは、開示までの期間が短縮されたと一定評価する声が上がっている。特にプロバイダーの対応が素早くなり、「旧制度の訴訟であれば少なくとも3か月かかっていたが、新制度では早ければ1か月以内に開示される」という。
一方、SNS事業者やプロバイダーの負担は増している。1件の請求で投稿は複数に及ぶケースが多く、求められる発信者の数が数十人を超えることもあるという。
プロバイダーは契約者に氏名や住所を開示していいか意見照会をしており、日本インターネットプロバイダー協会(東京)の野口尚志理事は「人員的にも経済的にも過重な負担になっている」と話す。
Xの対応「あまりに遅い」

裁判所の開示決定に迅速に対応できない業者も出ており、複数の弁護士によると、新制度導入後、特にSNS大手のX(旧ツイッター)の遅れが目立つという。
こうした中、従来の手続きに回帰する動きも見られる。新制度では事業者が開示に応じない場合、その後の手続きにより時間がかかる一方で、従来の手続きでは、制裁金によって開示を促す「間接強制」の手続きに直ちに移行できるからだ。
裁判所から間接強制が認められれば、制裁金の発生前にX社が開示するケースが多いという。
しかし、X社の対応が遅く、実際に制裁金が科される例も出ている。中傷被害を受けた男性は、従来の手続きの方が最終的に早くなると聞き、5月に東京地裁に開示を求め、認められた。それでもX社が開示せず、間接強制を同地裁に申し立て、1日につき10万円の制裁金をX社が男性に支払うよう命じる決定を8月以降に計3件受けたという。
X社が開示したのは9月で、うち1件の発信者の通信記録は「ない」と回答があり、消去されてしまっていたという。今後、X社が男性に支払う制裁金は少なくとも300万円に上る。男性は「対応があまりに遅い」と憤る。
X社に対し、取材を申し入れたが返答はない。
開示制度に詳しい田中一哉弁護士(東京弁護士会)は「X社の対応は被害者の早期救済という制度の趣旨に反する。制裁金が実際に発生するという状況も異常事態だ」と指摘。その上で、「新制度で事業者側の負担が増しているのも事実だ。そもそも悪質な投稿をさせないようにSNS事業者が削除対策に力を入れたり、利用者の個人情報の登録を厳格化したりするなど、改善策の検討も必要ではないか」としている。

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