能登半島地震で、被災した人たちが健康の危機にさらされている。ただでさえ過酷な避難生活の中、気温は低く、感染症が流行。断水で衛生状態も悪く、特に高齢者にとって悪条件が重なっている状況だ。過去の震災では多くの災害関連死が出ており、火急の対策が必要とされている。
水もない 補聴器もない 薬もない
「本当に残念であり、申し訳ない思いでいっぱいだ」。9日夕、石川県の馳浩知事は記者団の取材に対し、厳しい表情で語った。この日、今回の地震では初めて同県珠洲(すず)市で6人の災害関連死が確認された。詳細は明らかになっていないが、高齢者が多いという。避難先などで体調が悪化したとみられる。10日には新たに能登町で2人が確認された。
地震発生から1週間あまり。県内では、今も約2万6000人が避難所での生活を続ける。特に被害の大きかった同県輪島市、珠洲市はいずれも65歳以上の人口が約5割に達しており、長引く避難生活は厳しさを増している。
珠洲市立宝立小中学校には、約600人がホールや教室に分かれて避難生活をしており、およそ半数が高齢者だ。各室内に区切りはなく、雑魚寝している。断水が続いているため、避難者は地震発生から入浴できていない。廊下にはゴミ袋や、うがいした後の水を入れておくバケツが並んでいた。
「震災でまだ頭がパニック状態なんです。体調も全体的に、良くなくて」。ホールに敷かれたシートの一角で寝起きしている垣内美枝子さん(80)は、常用している不整脈の薬を手に力なく語った。支給されるインスタントラーメンなど慣れない食事で胃腸の調子が悪く、環境が変わって十分に眠れなくなった。
さらに、いつも付けていた補聴器が倒壊した自宅の中にあるため、耳が聞こえにくい。集団生活の避難所で、大きな声で話さないといけないこともストレスになっている。
2階の教室で生活する泉敏子さん(78)は、地震で倒れてきた向かいの家の壁の下敷きになり、右足首を骨折した。病院も被災したため、治療を受けられたのは3日後だった。不便な松葉づえの生活を強いられ、トイレは介助してもらう必要がある。「車いすもないし、良くないことは分かっているけど、トイレは1日に1回しか行かないことにしている」という。
避難所内は暖房がきいているものの、最低気温が氷点下にまで冷え込む日もしばしばあり、体調管理が難しくなっている。
輪島市では5日、地震で窓ガラスの割れた家にいた92歳の男性が低体温症で搬送された。奥能登広域圏事務組合消防本部によると、搬送時の体温は33・2度だったという。8日に搬送された88歳の男性は30・2度まで低下していた。
さらに能登半島のほぼ全域で続く断水が、避難所の衛生状態を悪化させている。ペットボトル入りの飲料水は届き始めているものの、生活用水が不足している。
大阪赤十字病院(大阪市)の緊急医療チームは5~7日、輪島市の避難所3カ所を回った。そこでチームの医師、山崎順久さん(45)は、衛生状態の悪さを目の当たりにした。断水の影響で、下水処理できないトイレは清掃できず汚れたまま。感染症対策の基本となる手洗いの水も、十分になかった。
輪島市内のある公民館には、70人の避難者がいた。しかし10人が感染性胃腸炎で発熱。うち4人が下痢症状を訴えて隔離されていた。「現場で一番困ったのは水がないことだった。衛生状態が悪く、避難者は、いつ健康被害が出てもおかしくない中で生活されている」と説明する。
被災地では感染症が広がり始めている。同県志賀町では10日までに、町内の避難所で新型コロナウイルスに15人、インフルエンザに4人が感染した。また厚生労働省によると、被災地では9日時点で、ノロウイルス感染症の疑いがある消化器感染症が約40人、急性呼吸器感染症が約70人、確認されたという。
多くの人が密集して生活する避難所では、感染が広がりやすい。各地の避難所で感染報告が出始めており、感染者隔離などの対策も強いられている。【菊池真由、井手千夏】
衛生的な環境 早く取り戻せるか
避難生活に伴う疲労や精神的ストレス、持病の悪化などが原因で亡くなる災害関連死は、過去にも課題となった。今ある命をどう守ればいいのか。
2016年の熊本地震では死者276人のうち関連死が226人と、直接死の約4倍を超えた。うち218人を熊本県が調べたところ、年代別では70歳以上の高齢者が約8割と大半だった。肺炎などの呼吸器疾患と、心不全やくも膜下出血などの循環器疾患が死因の約6割を占めた。
熊本地震で避難所支援に当たった高林秀明・熊本学園大教授(地域福祉論)は、大きな地震が続いて車中泊を強いられたり、病院が被災して転院を余儀なくされたりした人が多かったと振り返る。「能登半島地震の被災者はさらに過酷な状況に置かれている。身体的、精神的に極めて大きなストレスがかかっているだろう」とおもんぱかる。
大きなストレスは体調悪化の原因となる。高林教授は「眠れなかったりイライラしたりする時は誰かに話を聞いてもらうだけでも落ち着く。初期段階で被災者に寄り添い、困りごとに耳を傾けられる人がいることが大切だ」と説く。
在宅避難や車中泊を続ける人もいる。サポートの網から漏れた被災者は孤立しやすい。それも中長期的に関連死のリスク要因になる。高林教授は「避難所を移る時や仮設住宅に入る時などは、集落ごとに動いて地域の関係性を守ることも大切になる」と語る。
冷え込みが続く能登の被災地では、特に高齢者の低体温症や誤嚥(ごえん)性肺炎などの危険が高まっている。低体温症の予防には、乾いた衣類の重ね着や、雑魚寝しないでマットレスなどを床に敷く工夫が効果的だ。
岩手県陸前高田市で東日本大震災の被災者支援を続ける岩室紳也医師は「体を動かし、人と面と向かっておしゃべりをしてほしい」と呼びかける。
その上で、おにぎりなどは素手でなくラップで持ったまま食べることが感染予防上望ましいという。肺炎やエコノミークラス症候群(肺塞栓(そくせん)症)の予防には「水分を取り、しっかりと排せつすることが基本」。水道などの衛生環境が改善したら「歯ブラシだけで口腔(こうくう)ケアをするなど、対策を新たなステップに移して」と話した。
関連死を防げるかは、安心して生活できる衛生的な環境をいかに早く取り戻せるかにかかっている。
政府は、自治体の具体的な要望を待たずに物資を迅速に届ける「プッシュ型支援」の一環で、ドライシャンプー300人分や、体ふきシート6000枚などを金沢市の物資集積拠点に送った。車中泊などでエコノミークラス症候群になるのを防ぐため、足のむくみや疲れなどを取る効果のある弾性ストッキング1万足も送った。内閣府の防災担当者は「地震発生直後は食料や飲料水などの支援を優先してきたが、被災者が求める物資のニーズも変わってきた」と話す。
ただし、被災者になかなか物資が行き渡っていない。政府は先週末に海上からの物資搬入を計画したが、悪天候で一部を除き中止に。陸路輸送も路面の隆起や土砂崩れなどで停滞気味という。担当者は「想定よりも大幅に時間がかかっている」と語った。【金秀蓮、阿部絢美】