わざと火事を起こして救出すれば、親しくなれるのではないか-。そんな動機から、好意を寄せる30代女性が住むアパートに火を付け、住人を死亡させたとして、現住建造物等放火と重過失致死の罪に問われた無職、新居田(にいだ)信善(のぶよし)被告(61)の裁判員裁判が2月、大阪地裁で開かれた。犠牲になったのは別の階に住む無関係の女性=当時(48)。弁護人ですら「短絡的な動機」と言及せざるを得なかった事件の顛末(てんまつ)とは。
「偶然の出会い」装うため…
「親しくなりたい。その一心だった」。18日の被告人質問で、被告は放火の動機をこう述べた。
被告の説明によると、30代女性を初めて見かけたのは約4年前。大阪市西成区の自宅アパート一室から外出するのを偶然目にした。被告も当時、同じ区内に住んでいた。
その後、たまたま出会った路上などで女性を2回飲みに誘ったが、断られた。女性宅近くを何度か散歩して、さらに偶然の出会いを演出しようとしたが、思い通りにはいかなかった。
昨年6月9日早朝、路上でたまたま帰宅途中の女性を見つけた。「今度こそ飲みに行く約束を取り付けたい」。被告は先回りして女性が住むアパートに向かった。
「ストーカーと思われたくない」
ただ、一抹の不安がよぎった。「自宅前で声を掛けてストーカーと思われたくない」。女性宅は2階建てアパートの1階で、部屋は道路に面している。窓が開いているのが目に留まり、そこで思い付いたのが、火事からの救出劇という自作自演のシナリオだった。
被告は近くに落ちていた週刊誌を破いて持参のライターで着火。そのまま窓から室内に差し入れた。しかし週刊誌が湿っていたこともあり、燃え広がらなかった。そこで今度は近くの商店街に落ちていたペーパータオルを拾ってきて、再び火を付けて窓から投げ入れた。
女性が帰宅したタイミングを狙って、助け出せる程度の火事を起こすはずだったが、実際に数分後に女性が姿を見せたころには、「手に負える状況じゃなかった」。
2階建てアパートの全9部屋には9人が居住。当時7人が在宅しており4部屋が全焼した。好意を寄せていた女性は無事だったが、被告とは全く関係のない2階の住人女性が逃げ遅れ、急性一酸化炭素中毒で亡くなった。
こうした経緯を踏まえ弁護人も冒頭陳述で「短絡的な動機に争う余地はない」と述べ、計画性の無さなどを酌むべき事情として強調するしかなかった。
「今になって後悔」
被告は法廷で繰り返し謝罪の言葉を口にし、週刊誌の紙片を投げ入れて燃え広がらなかった時点で「(やめておけばよかったと)今になって後悔している」と語った。
公判では死亡した住人女性の母親が「(娘を失い)日常に戻ることは二度とない」と悲痛な心情を明かした供述調書も読み上げられた。
26日の判決公判。末弘陽一裁判長は、動機について「あまりに幼稚かつ浅はかで酌むべき事情はない」と指弾。「何の落ち度もない被害者が尊い命を失い、無念や苦しみは察するに余りある」として懲役11年(求刑懲役12年)を言い渡した。
判決の言い渡しを受けた被告は「はい、分かりました」と述べ、お辞儀して法廷を後にした。(倉持亮)