「稼げる仕事がある」。その言葉につられ足を踏み入れたのは、違法に女性を性風俗店に紹介するスカウトの世界だった―。SNSを通して勧誘した女性を全国約350の風俗店に派遣し、約70億円を稼いでいたとして警視庁が全容解明に乗り出している大規模スカウトグループ「アクセス」。構成員は約300人に上ったとされ、その中には学生もいた。「社会のことを知らな過ぎた」。ソープランドに女性を紹介したとして職業安定法違反罪などに問われた元大学生の被告(22)は、東京地裁の公判でグループに加わった後悔とともにその活動実態の一端を明かした。(共同通信=助川尭史)
▽「稼ぎたい人に紹介するだけ」、後ろめたさ感じず
スカウトグループの1人が使っていたとみられるアカウント(画像の一部を加工しています)
今年2月の東京地裁の法廷。黒のスーツに身を包んだ被告は大柄な体を縮め、落ち着かない様子で弁護人の隣に座っていた。緊張が隠せない表情にはあどけなさが残る。柵越しの傍聴席では両親ら家族が不安そうに見つめていた。
2023年10月、小学校から付き合いのある「親友」から稼げる仕事があるとアクセスを紹介された。「お金には特に困ってなかったけど、時間もあるしやってみようかと」。採用面接は東京・新宿の喫茶店で行われた。「上司」として現れたのは自分とそう年齢の変わらない男。仕事の内容はSNSを使ってソープランドやデリバリーヘルスに働き口を求める女性に店を紹介することだと説明した。「路上でむりやり声をかけるのではなく、働きたがっている人に紹介するだけなら犯罪ではないと思った」。男から「信用が高まる」と言われ、その場でフォロワーの多いX(旧ツイッター)アカウントを3万円で買い取った。
男の指示通り「出稼ぎ」「体入(体験入店)」と検索すると、すぐにたくさんの女性のアカウントがヒットした。その一つにダイレクトメッセージで接触し、LINEを交換。名前や身長、体重などをエクセルに入力させた。その後は紹介先の風俗店に連絡し、女性の勤務期間を決めて紹介を「確定」すると、約1カ月後に報酬として12万3500円を受け取った。自分が紹介した女性は、稼いだ金でブランドバッグを買いに行くと聞いた。被告は当時をこう振り返る。「女性とのやりとりの中で風俗店勤務に後ろ向きな発言はなかったし、悪いことをしている感覚は無かった。大学の友達もやっていたし、バイト代の足しにもなった」
▽スマホ一つで完結、スカウト同士で競争も
アクセスが関与していたソープランドを捜索する捜査員ら
スマートフォン一つでできる手軽さから、被告は次第にスカウト活動にのめり込んでいく。アクセスにはスカウト同士で紹介実績を競いあう「確定勝負」という仕組みがあった。ある月には101人とラインを交換し、44件の確定を取って79万円を稼いだ。トップになると、ボーナスとして3万円を得た。報酬総額は逮捕までの1年間で約400万円に上り、食費や服のほか、顔にレーザーを当てる美容治療にも充てた。
「なぜこんなにお金がもらえると疑問に思わなかったのか」。そう裁判官から問いただされた被告は「少し不安もあったけど、親友や上司に大丈夫と言われて信用してしまった」とうなだれた。
アクセスが関与していた風俗店から資料を押収する捜査員ら
昨年11月、被告はアクセス代表とともに逮捕された。職業安定法は、有害な業務に就かせる目的で職業を紹介することを禁止しており、性風俗の仕事を紹介することは違法だ。紹介先のソープランドの経営者が売春防止法違反などの疑いで逮捕されたことがきっかけとなり、被告の関与が発覚した。 代表とは面識がなく、名前すら知らなかった。通っていた大学は退学処分となり、保釈後の現在はごみ拾いのボランティアをしながら、アルバイトをして生活しているという。「自分が関わった女性の中には、誰かにやれと言われて、むりやり働かされていた人もいたかもしれない。性的な仕事を紹介するリスクの大きさを軽く見ていた」
▽「もっと踏み込んで話していれば…」母の涙
東京地裁
被告人質問を終えた後、被告の母の証人尋問が行われた。証言台に立った母は、時折声を詰まらせながら謝罪した。「携帯の仕事をしているとは聞いていたが、まさか犯罪をしているとは。私がもっと踏み込んで話をしていれば今回の事件は起きなかった」。都内にある被告の下宿先には、近隣県にある自宅から週に2回ほど訪れていたというが、様子の変化には気が付かず、逮捕後に初めて高級ブランドのバッグを持っていることを知ったという。
事件では被告の実名が顔写真付きで報道され、近所の目もあり生活しづらい状況が続く。それでも弁護人から今後の被告の生活について尋ねられると顔を上げてはっきりこう答えた。「私たちにとっては大切な子供であることには変わりない。今後社会復帰できるよう家族でサポートしていく」 法廷に立つ母の姿を間近で見た被告は唇をかみしめ、嗚咽をこらえているように見えた。そして公判の最後には誓いの言葉を口にした。「もう犯罪は絶対しない。これからはまっとうに生きます」 3月25日、被告に言い渡されたのは懲役2年、執行猶予4年、罰金50万円の有罪判決だった。 裁判長は「女性の尊厳を顧みず、有害な業務に紹介する悪質な犯行」と非難し、スカウトとして重要かつ不可欠な役割を果たしたと認定。一方、被告が反省の態度を示していることや、母が今後の監督を誓っていることから執行猶予付き判決が相当と結論づけた。 証言台のいすに腰掛けて拳を膝の上で握りしめながら聞いていた被告は、言い渡しが終わると立ち上がって深く一礼し、傍聴席で見守った母の元に戻っていった。