安倍派の“集団指導体制”「一体どうなるのか想像つかない」常任幹事・稲田朋美が口にした本音

「街宣車とか落選運動とかTwitterとか、すごく批判は大きいんですよね。私はLGBT理解増進法を進めましたが、『もうお前は保守じゃない、出て行け』って排除することが決して保守じゃないと思うんです」
こう嘆くのは自民党の稲田朋美衆議院議員だ。安倍晋三元総理に見出されて2005年の衆院選で初当選。保守派女性議員の代表格として、自民党政調会長や防衛相などの要職を歴任した。しかし最近では、財政再建を重視する姿勢やLGBT理解増進法の成立を主導したことなどから、党内外の保守派からは「裏切り者」との批判も出ている。
そんな稲田氏が8月31日、文藝春秋ウェビナーの「 青山和弘の永田町未来caf 」に出演し、批判に対する思いや、これからの政治活動について語り尽くした。
「安倍総理vs.矢野財務次官」の議論を仲介
まず稲田氏が語ったのが、財政政策だ。これを巡って、自民党内には大きく分けて2つの流れがある。今は多額の国債を発行してでも景気回復を図るべきだとする積極財政派と、国債の発行は一定の規模に留め、財政規律を重んじるべきだとする財政再建派だ。稲田氏は積極財政派の安倍元総理を師と仰いでいたにもかかわらず、自身は財政再建派として知られている。これについて問うと、稲田氏は財政規律の重要性を強調した。
「私は決して緊縮財政派ではないんです。特に有事になったら、輪転機を回して赤字国債も出して国を守るわけですよね。そのための余力は残さないといけない。それと日本は世界から見て債務残高は大きいけれど、ちゃんと財政規律は失っていない国だと信頼されることがとても重要だと思っているんです。いくらでも国債を出したらいいし、有事も平時も関係ないっていう態度じゃないところが重要だと思う」
筆者の関係者への取材では、稲田氏は昨年、極秘に財務省の矢野康治事務次官(当時)と安倍元総理を引き合わせ、数回にわたって財政問題について議論する場を設けている。矢野次官が「文藝春秋」2021年11月号で「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」と題する論文を発表し、物議を醸した直後のことだ。安倍元総理側からは経済ブレーンの本田悦朗元内閣官房参与が同席している。主張が真っ向から異なる2人の議論は、稲田氏にどんな影響を与えたのか。
「私は(それまで)古典的な財政再建論者だったんですが、今では財政再建と積極財政は両立すると思っています。成長分野にしっかり働きかけていく積極財政はその通りだなと思うようになった。安倍元総理とは最後まで意見がぴったり一緒ではなかったですが、有益(な議論)だったと思います」
安倍総理はLGBT理解増進法を理解していた
他方、稲田氏が保守派の激しい批判を浴びることになった契機は、今年の通常国会で成立したLGBT理解増進法だ。稲田氏は改めてこの法律を評価し、批判する保守派の姿勢に疑問を呈した。
「LGBT理解増進法が成立したことは、大きな前進だと思っています。内閣府に性的マイノリティの問題の(担当)部署ができて、当事者もいろんな要望をすることができますし、様々な計画を立てるにしても、省庁横断の協議会ができる。(一方、)法律によって女装した男性がお風呂に入ってくるとか、女装した男性がトイレに行って女性の権利を侵害するとか、全く次元の違う話になってしまっているところが非常に問題だなと思います。もっと建設的な議論をするのが保守のあるべき姿だと思うんです」
だが保守派からは、「性自認」を認めることは、皇位継承を「男系の男子」とする原理を揺るがしかねないとする批判も出ている。その点を稲田氏に質すと、「性的マイノリティの権利を理解する法律が、なぜ皇統を壊すことになるのか。すごく飛躍を感じる」と反論した。
さらに稲田氏は、安倍元総理は2年前からこの法律の必要性は理解していたとも主張した。
「安倍総理は理解してくれていると思っていました。なぜなら(性的指向・性自認に関する)特命委員会を作るときも、理解増進法を作ることも党の方針ですぐに決めたんです。また、ずっと(自民党の)公約にもなっていました。ただ法案の修正で『差別は許されないという認識の下』と書いたことについて安倍総理は、自分の答弁は『不当な差別はあってはならない』だというのにはこだわっていた。ただ私は『(その2つの文言は)法的には同じ意味です』と安倍総理を説得していました」
安倍派は「保守政治とは何か」を打ち出すべき
稲田氏は、8月31日に発表された安倍派の新体制で、派閥の意思決定を行う常任幹事会のメンバー15人の1人に選ばれた。集団指導体制と言えば聞こえはいいが、15人ものメンバーで内閣改造や自民党総裁選への対応を決めていけるのか。稲田氏も「ここから一体どういうことになるのか想像がつかない」と不安を口にした。
稲田氏にLGBT関連法を巡る経緯などから「保守派の多い安倍派の中で難しい立場になっていると感じないか」と問うと率直にこう語った。
「感じますよ。すごく感じますけど、ただ誤解されているところもあるし。真意が伝わっていないところもあるし、説明責任を果たせていないところもある。仲間づくりと言うか、理解者を増やすことは、今の私にとても重要なことだと思います」
そして稲田氏は、安倍派からの離脱については真っ向から否定した。一方、番組に出演した朝日新聞の曽我豪編集委員は、安倍派の現状について「清和会(安倍派)の政権が長く続いた中で、自分を見失っているんじゃないか。世の中が見たいのは清和会の政局より政策で、岸田政権の足りないところをどう主張するのか。まとまった政策が見えないから(派閥が)割れるんじゃないかってなると思う」と指摘した。これに対して稲田氏は、「清和会の保守政治とはなにか」を定義すべきだと強調した。
「派閥の(存在する)意味って政策だし、その政策が何なのか示すべき。中でも『保守とは何か』というのはすごく大事だと思います。今までは安倍総理が『この派閥の保守とはこういうものです』って体現していたけど、これからは清和会の考えている『保守政治とは何か』を示すことが必要ではないでしょうか」
今後も“わきまえない女”であり続けるか
番組の終盤、「稲田氏にとって政治とは何か」と問うと「共感力と突破力」と語った。自らが正しいと共感した方向に突き進む姿勢は、稲田氏の真骨頂だろう。ただ稲田氏本人が「突破するのは本当にきつい」と吐露したように、その姿勢は時に危うさを孕み、批判を浴びる。「突破力」を発揮するには正しい知識とバランス感覚に加え、理解してくれる仲間も必要だ。「“わきまえない女”でありたい」と主張する稲田氏が、困難を乗り越えて、今後存在感を発揮できるのか。自民党のあり方も問われることになるだろう。

稲田元防衛相が出演した「 青山和弘の永田町未来caf 」は、「文藝春秋 電子版」で観ることができます。
(青山 和弘/文藝春秋 電子版オリジナル)

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