裏金作りを拒否したら35年間出世ゼロの窓際族に…元警察官が明かす「警察の不祥事」が無くならない根本原因

――仙波さんは愛媛県警の現職警察官として警察の裏金問題を内部から告発し続けてきました。最近の裏金問題をどう見ていますか。
日本全国、裏金だらけだと改めて感じています。裏金は組織を腐らせる諸悪の根源だと思っています。官公庁も、大企業も、そしてもちろん警察も。本来裏金を取締まるべき警察が、裏金にどっぷり浸かっているため安心して作れるのです。
警察の裏金問題は、日本の組織が抱えている問題、体質を表す典型例として考えることができます。私が告発をしたのは19年前ですが、状況はその時と何も変わっていません。何らかの形で続いていてもおかしくありません。
――警察の裏金問題はどんな内容だったのでしょうか。
現在の警察制度ができたのは1954年です。愛媛県警では、その3年後の1957年には裏金作りを行っていたと見られます。当初は、地方の警察本部に単身赴任してきたキャリア警察官僚が、東京や家族のもとに帰る時、奧さんが赴任先を訪れる時の旅費を捻出するために始まったと言われています。
実際には捜査協力など依頼していないのに、架空の人物名で領収書を作り、経費として計上することで警察は裏金を作ってきました。これは愛媛県警だけのことではありません。
――仙波さんは裏金づくりを拒否してきた。
はい。私がニセ領収書の作成を指示され、拒否したのは24歳、もう半世紀も前のことです。そして2005年、55歳のときに現職警官として警察の裏金問題を告発し、記者会見を行いました。あのとき「おそらく私のあとには誰も出ませんよ、現職で顔を出して、警察の不祥事を告発する者は、絶対に出ません」って言ったのですが、結局そのとおりになりました。あれから20年経ちましたが、いまだに一人も出ていません。
――警察に入ってすぐに裏金に気づいたんですか。
いや、最初はわかりませんでした。ある日、先輩が上司から呼ばれて、何か書きよるわけですよ、暗い顔して。それで、「先輩、それは何ですか?」って聞いたら、「お前もそのうちに分かる」と言われたので、僕はさらに、「何なんですか?」と食い下がったんです。
そうしたら、「裏金よ……」と。おそらく、ほかの人は上司から命令されたら、意味がわからないままニセの領収書を書かされるんでしょうけれど、僕は先に聞いていたので、上司から書けと言われても拒否し、絶対に書きませんでした。
――れっきとした犯罪行為ですよね。
おっしゃる通りです。まず、ニセ領収書を作る行為は私文書偽造。その領収書をもとに、会計課員が公文書を偽造して税金をだましとれば、公文書偽造・詐欺罪に当たります。さらに、この金を警察官が使うとなれば、業務上横領のほか、脱税の罪に問われます。もとを正せば、そのお金は国民の血税ですからね。
こんなこともありました。あれは1973年、24歳だった私は同期の中でトップクラスで巡査部長の昇任試験に合格し、最年少で幹部会議に出席したんです。胸を張ってね。ところが、その会議の最後に、署長がこう言うんですよ「サンズイがないじゃないか。去年も今年もない、いかんぞ!」って。すると、みんな下向いとるわけです。
――「サンズイ」とは何でしょうか。
汚職事件のことです。汚職の「汚」はさんずい偏ですよね。それで「サンズイ」って言うんですが、とにかく全国の警察の評価は「サンズイ」ありきなんです。たとえば、県知事や市長といった政治家たちの汚職を検挙することも大事ですし、公務員の贈収賄などを何件上げることができたかといったことも全国的な評価になる。
私は初めて出席したその幹部会議で手を挙げて、「サンズイがないんだったら、警察の裏金やらんですか? コレ、大きいですよ」って言ったんです。そうしたら、署長以下、全体がしらーっとなって、すぐに、「今日の会議は終わり。解散」となりました。
――その後、どうなったのですか。
即、異動です。田舎の駐在所にね。ちょうどそのころ女房が妊娠中で、間もなく出産という時期だったにもかかわらず僻地へ異動させるんですから、酷いでしょう。その後、16年間で7所轄、計9回にわたって報復ともいえる異動を命じられました。私の次男は、小学2年生の夏休みまでに3回も転校を強いられました。
――ご家族も大変だったでしょうね。
それだけじゃありません、昇進試験にも落とされ続けました。学科試験は好成績でとおっているのに、面接で不合格になるんです。30歳のとき面接から帰ったら、警察幹部には珍しく署員から「人格者」と言われていた副署長から、「君はとおらんぞ」って言うんです。私が「今年3回目ですけん、とおるでしょう。学科試験は今まですべったことないですよ」って返したら、「そんなことは関係ない。お前、書いてなかろうが」って言い出したんですよ。
――ニセ領収書のことですか。
そうです。そしてこうも言われました。「お前一人だけ青信号通らせるわけにはいかんのや。全員がやらんことには。組織やろうが」と。それ以来、私は昇進試験を受けるのをやめました。「手を汚さないととおらんのやったら、来年から受けません」ってね。結局、定年退職まで35年間、階級は巡査部長のままでした。これは日本の警察史上最長で、ギネス記録です。
――同期が昇進していく中で悔しさはあったのでは。
もちろんです。私より仕事も勉強もできんやつがどんどん昇進し、給料も上がっていく、それは忸怩たるものがありましたね。世間は階級で評価するし、今でもそうですから。でも、退職まで裏金づくりという不正にいっさい手を染めなかったことは、よかったと思っています。裏金で購入された弁当にも手をつけませんでしたからね。
――警察の裏金は、誰にどのくらい配分されるのでしょうか。
私が現職当時の話になりますが、愛媛県で一番大きな松山東署の裏金は年間約2000万円以上でした。署員は300人近くおるんですが、まず、署長が1000万円以上をとり、副署長は300万円以上、課長の中では刑事課長が一番多く配分されます。最低でも毎月20万円ほどです。一番安いのが地域課長で5万円ほどでした。だから、地域課長のポストは一番人気がありませんでした。
――裏金の使い道は何だったのでしょうか。
全部自分の懐に入れて飲み食いしてもいいし、署員の慰労会に使ってもいい。愛人なんかがいる場合は、そっちに全部使う人もいましたね。部下のために裏金を使わない署長・課長は、「ケチ」と言われて部下からの評価が悪かったですね。
――裏金がないとそんなに困るんですか。
署長から刑事部長になった同期が、かつて私にこう言ったことがあります。「仙波、わしは署長になったけど、駐在所のほうが手当が多いぞ」と。
つまり、裏金がないと管理職はやっていけないというんです。公務員は今、祝祭日勤務で3万円の手当が出ます。そのほかに、夜勤手当や危険手当、残業手当も完全ではないけれど出る。そうすると、多い月だと手当が15万円超えるんです。
一方、管理職手当は7万円ですから半分しかない。私がその同期に、「自分の手取りが少ないけん、裏金を懐に入れとるんか?」と言ってやったら、「仙波、分かってくれや……」って。
――裏金を告発して周囲の反応はどうでしたか。
それはもう、どれだけ村八分にされたか。皆さんの想像がつかないほどです。2005年に裏金問題を実名で告発し、記者会見をしたことはお話しましたが、その1時間後、私は拳銃を取られました。その理由は、拳銃を所持させることができないほどの不良警官だということを、世間に知らしめるためだと思います。
さらに会見後、実質2日で左遷されました。急遽(きゅうきょ)新設された「地域課通信指令室企画主任」というまったく仕事のないポストで、朝8時半から夕方5時15分まで、ただ椅子に座るだけ。たった一人の人事異動でした。それからの500日間は、誰とも話せず、誰一人あいさつもしません。僕は廊下の真ん中を歩くんですけど、廊下ですれ違ったら全員が壁に貼りついてましたよ、顔を合わせたくないから。
――私は、仙波さんが警察を退職される日のドキュメント番組を拝見したことがあります。仙波さんを応援する市民の方々から花束を受け取っていましたね。
あのときは嬉しかったですね。でも、警察組織からのいじめや嫌がらせはその後も続きました。警察官は退職後、皆、「警察友の会(警友会)」というOB会に入るんですが、松山南署支部の会長からは、「あなたは警友会に入れません」と手紙がきました。
――OBなのに入会拒否ですか。
もうひとつ、再就職の希望を出していたのに、私一人だけ斡旋がありませんでした。それで厚生課長に直接「課長、退職まであと2週間しかないのに、俺だけ再就職の話がないのは、いじめか?」と聞いたんです。そしたら課長は震えながら「いいえ、ちょっと忘れておりました」と。厚生課長は一般職員の最高ポストなんですが、会計課で一生懸命裏金を作ってきたような人がもらえるポストだったので、私のことが怖かったんでしょうね。厚生課の人たちはみんな僕と目を合わせないように、下向いたりしてね。
――その後、再就職先の紹介はされたのですか。
次の日に「ここがありますから、どうぞ」と厚生課から連絡がありました。再就職先としては一番給料が安いのですが、警察の委託者がおこなっている車庫証明係でした。試験を受けてくれと言うので有給休暇を取って行ったら、出された試験問題は「300円のモノを買いました、消費税いくらでしょう?」みたいな稚拙な内容で、思わず「これ冗談?」とあきれました。もちろん満点でした。
――すぐに採用されたわけですね。
いえいえ、1週間後に「就職先にポストがないので採用できない」と断られたんです。最初から採用する気もないのに試験を受けさせて、挙句の果てに「ポストがない」と言うわけです。あまりに酷いので「弁護団がいるので損害賠償請求するから」と言ったら、「どうか、こらえてください」と泣くように言われましたよ。
僕が退職した15年前、愛媛県警の定年退職者は約100人でした。そのうち約70人が再就職を希望していましたが、再就職先がなかったのは私一人だけでした。
――どのような再就職先があるのでしょうか。ランクのようなものはあるのでしょうか。
今は伊予銀行の監査役がトップですが、当時の愛媛県警としては、年収約1500万円の松山市役所・公営企業局長が最上級の天下り先でした。2番目が松山市の消防局長で約1200万円。その他、銀行顧問が約800万円、警備保障会社社長で600~700万円ほど、自動車学校長で約500万円ですね。車庫証明係は月収約16万円で、一番下が交番相談員でした。
――相当な差があるのですね。
もちろんです。上司に従順であること、最終ポストで天下り先のランクが決まりますね。
警察OBは国から勲章を授与されることがあるのですが、私には資格がないと言われましたね。厚生課長に書類を持って行ったときのことです。「課長、私は勲章授与の資格はないでしょう」「勲章授与するのは、裏金に関与した人しかもらえんでしょう? 私、裏金に一切協力しとらんし、おまけにそれを暴いてみんなから嫌われとんじゃ、勲章の資格ないでしょう?」って言うたら、また震えながら、「そうですね」と言ってましたね。
この課長、本当は辛い気持ちでおるんだろうということは分かっとるわけですよ。それで、「あなたには迷惑でしょうから、僕は希望しません」と言って、書類の「勲章を希望しない」に丸つけて出したんです。課長は「ありがとうございました」と言ってました。
――2004年、北海道警OBが同様の告発をして警察の裏金問題が再び注目を集めました。裏金は今も続いているのでしょうか。
減っているとは思いますが、今も当然、あります。たとえば、生安部員なら生安部員だけ、刑事課なら刑事課員だけ、警備公安は警備公安課員だけに領収書を書かせています。
私服警察官に捜査諸雑費として毎月3000円を支給するようになりましたが、それまでの違法な捜査協力費のネコババを隠すためのまやかしみたいなものですね。それすら後でしっかり回収している警察署もあります。
――最近、警察官が逮捕されたという報道が相次いでいます。なぜ不祥事はなくならないのでしょうか。
もう、それはたった一言、上(幹部)が腐っているからです。
警察の犯罪は実際にはもっと起こっていますが、もみ消されているものが山ほどあります。実際に女性警察官が飲み会の席で同僚警察官にレイプされた件では、本人から相談を受けたこともありました。
そこで、主席監察官室において、直接主席監察官に申告しましたがもみ消され、結局、被害女性が退職に追い込まれました。職場不倫の場合も、最終的には女性側が左遷される。そういう男社会です。組織の理論が優先されるわけです。
僕は監察事案として事件化してほしかったんですけど、できなかった。本当に、なぜここまで腐るのかなというのが42年間警察にいて痛感したことです。せめて警察官として最後の一線ぐらいは守れよと思います。これは永遠の課題です。
もちろん、まじめな警察官は大勢いて、仕事のできる人は一生懸命仕事をしています。僕らも地元の人たちから慕われ、いまだにいろいろと連絡してくれる人がいたりするので生きがいもありますけど、警察という組織は、いくら正義感があってもそれが通らないことがあるんです。
昇任試験はできが悪くても、上司にたてつかず裏金を作り、カネやモノを持っていく人が先にとおる……、そんな現実を見てしまうと、組織の中で本音が言えず、自分の仕事に幻滅し、ストレスがたまってくるんです。ついついそれが爆発して、万引きしたり、下着を盗撮したり、ということに走ってしまうんだと思いますね。
――どうすれば不祥事は減ると思いますか。
諸悪の根源は、裏金です。もちろん、最初は知らずにニセの領収書を書く人もいます。よくテレビに出る警察OBの中には「自分は知らなかった、領収書を書けと言われたから書いただけ」なんて言っている人もいますが、違法だと気づいてからも書き続けるのはおかしいだろうって僕は思いますね。自分が犯罪に手を染めていることに気づけば、誰しも警察官としてがっくりきます。とにかく、裏金という犯罪に手を染めてほしくないんです。
裏金は完全になくなることはないにしても、慰労や懇親会で必要な程度の裏金ならここまで腐ることはないと思うんです。とにかく、こんなに激しい裏金作りで「みんなで赤信号渡れ」と、署員に犯罪を強いるのだけはやめるべきです。
僕は警官の仕事は本来すばらしいものだと思っています。こんなに人から感謝される仕事はありません。組織の中で出世したい気持ちも分かるけど、それがすべてではありません。
僕の家の近くに署長になった先輩がいるんですが、僕と会ったら今でも目を背けますよ。でも僕は、どこに行っても胸を張っていられます。警官を志した以上は、法を守り、法を犯す者を取り締まる、この原点に返ってほしいと思います。
この裏金問題は決して警察だけの問題ではありません。今では日本のさまざまな組織で問題化するようになりました。犯罪を取り締まるべき警察が長年にわたり犯罪に手を染めてきたことが大きな原因だと私は考えています。組織を内側から腐らせる裏金の根絶には、警察が過去を反省し、生まれ変わることが不可欠です。
――ありがとうございました。
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)

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