「1000件以上の医療機関が廃業を決めている」マイナ保険証の導入に嘆く、医師たちの“現状”とは?

〈 知らぬ間に年金口座が紐づけられることも…知っておきたい「マイナカードの落とし穴」 〉から続く
「マイナ保険証の導入で、すでに分かっているだけでも1000件以上の医療機関が、廃業を決めています」
こう教えてくれたのは、全国保険医団体連合会の竹田智雄副会長。岐阜市で「竹田クリニック」という医院を開業している、現役の医師でもあります。
政府は、2024年秋に健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化させる方針を示しました。この「マイナ保険証」を病院の受付などで扱うには、顔認証付きのカードリーダーが必要になります。
そこで政府は、国民に対してマイナ保険証を義務化すると同時に、病院に対してもマイナ保険証が使えるようにカードリーダーの導入を義務化しました。
しかも、2022年8月24日に行われた「オンライン資格確認の原則義務化に向けた説明会」で、「もしカードリーダーを導入しなければ、保険診療をするうえで定められた基本ルール(療養担当規則)に違反するので保険医取り消しもありうる」と厚生労働省の担当者は説明しました。これは、病院にとって死活問題です。
これに憤慨して、国を相手に訴訟を起こした医師もいました。中には、もうこれ以上続けられないと、廃業届を出す医師も少なくありません。全国保険医団体連合会の加盟団体の調査では、1割の保険医医療機関が閉院・廃業と答えています。実際に本年3月末時点で各厚生局に廃止届出を出した保険医医療機関数は医科・歯科で1103件とかなり高い水準です。
新型コロナの次は、マイナ保険証の対応に四苦八苦
また、我々の生活を脅かす新型コロナウイルスはピークが去ったとは言え、その爪痕にいまだに苦しめられている医師は多くいます。
新型コロナ患者は、通常の診療室で診療できないので、隔離スペースを別途つくって、そこで診断しなくてはなりません。そのためにはスタッフも費用も余計に必要です。新型コロナ患者を受け入れる設備を持てない小さな病院は患者が減って職員さえも雇えなくなり、最後は医師とその家族で頑張ることになったケースも少なくありませんでした。
それでもなんとかコロナ禍を乗り越え、これから病院経営を立て直そうというという矢先に「マイナ保険証に対応しなければ、保険医を取り消す」と言われたのです。
「街の大きな病院なら、体力もあるのでなんとか対応できるでしょうが、僻村と言われるようなところで頑張っている先生方の中には、コロナで痛めつけられ、さらにカードリーダーまで導入して病院を続けるというのは、もう無理だと諦める方も少なくないのです」(竹田医師)
国からの補助もあったが…
カードリーダーの導入については、国からの補助もありました。ただ、それだけでは足りずに自腹を切らねばならないケースが多いうえに、国はランニングコストまでは出してくれないので、それも負担しなければなりません。
導入にかかる費用は医院によっても違いますが、40万円から100万円。うち、10万円ほどが医院の負担となり、加えてランニングコストとして毎月1万~2万円かかります。
さらに、高齢の医師のなかにはこうした機器の操作に不慣れな人もいますが、国も僻地の診療所までは使い方の指導にきてくれません。
かつて「Dr.コトー診療所」(フジテレビ系)という人気ドラマがありました。東京の大学病院を辞めた青年医師が無医村だった島の診療所に赴任し、実直な人柄と医師としての技術によって村人の信頼を得ていくという物語です。
あのドラマの主人公のように、利益度外視で献身的に診療を続ける僻村の診療所に、強制的にマイナ保険証を導入させたら、医者も戸惑うし、患者も戸惑うことでしょう。結果、マイナ保険証に対応できない医者が廃業し、無医村が増える可能性があります。
「新マイナンバーカード」という新たな問題も
世界に冠たる日本の医療を末端で支えているのは、こうした僻村で患者の治療にあたっている医師たちです。コトー先生のような医者がいるからこそ、日本では「誰一人取り残さない」という、世界でも奇跡的な医療が実現しているのです。
ただでさえ医師の絶対数が不足している地域医療での現場で、ベテランの医師が次々と廃業していくというのは、日本の医療制度にとって大きな損失ではないでしょうか。
そんな中で、さらに愕然とするような話が出てきています。政府は、2026年にもセキュリティーを強化した「新マイナンバーカード」を導入する方針を公表しました。
これについて、立憲民主党の長妻昭議員が「3年後に新しいカードができても、今のカードリーダーは使えるのか」と質問したところ、河野太郎デジタル大臣は「新しい読み取り機が必要になる可能性は当然、ある」と答えたのです。
新しいカードリーダーの導入が義務化され、ますます負担が大きくなるとしたら、さらに脱落せざるを得ない人が増えていくことでしょう。ただでさえ、彼らはいまもギリギリのところで踏ん張っているのですから。
岸田首相は「誰一人取り残さない」社会の実現を目標に掲げていますが、マイナ保険証の義務化はその流れを阻むものではないでしょうか。
(荻原 博子/文春新書)

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