「室内で人が倒れている」
6月5日午後8時半、福岡県水巻町の遠賀川沿いの静まり返った薄暗い住宅街。通報を受けた警察官が町営住宅の一室を訪れると、そこには結束バンドで両手足を縛られ既に息絶えた辻つぐみさん(52)が横たわる衝撃的な光景が広がっていた。
部屋は施錠されておらず、電気はつけっぱなし、椅子は倒れ、タンスのひきだしは開いたまま。明らかな物色の形跡だった。つぐみさんの財布、携帯、預金通帳や印鑑、果ては軽乗用車までもが消えていた。犯行は大胆だった。
つぐみさんの遺体には争った際にできたアザがあり、死因は首を絞められたことによる窒息死と判明、死後3日だった。福岡県警はすぐさま殺人事件と断定した。つぐみさんはパートで清掃の仕事をしながら自身の母親の面倒をみる真面目な性格で、周囲とのトラブルがあるようには見えなかったという。
実妹と知人親子の3人グループが逮捕された
発生から2カ月半後の8月18日、事件は急展開する。つぐみさんの実の妹である辻和美容疑者(51)、その知人の岡村恵美容疑者(46)、その娘の愛香容疑者(24)の3人の女が強盗殺人容疑で逮捕された。全国紙社会部記者が話す。
「つぐみさんと和美容疑者は10年以上会っておらず、疎遠だったようです。犯行はかなり計画的で、目的は金でした。事件の数日前から岡村親子が結束バンドなど犯行の道具を揃え準備を進めたうえで、当日は岡村親子が妹の和美を現場まで車で送っています。和美はつぐみさんを殺害した後、大胆にも本人の車に乗って逃亡。3kmほど離れたパチンコ店に車を乗り捨てています。その近場の銀行でつぐみさん本人に成りすまし、通帳残高のほぼ全額にあたる73万8000円を引き出して岡村親子と合流。3人で“山分け”としたものと思われました」
事件発生から1週間後、福岡県警は和美容疑者を今回の事件とは別の容疑で逮捕している。その際の所持金はわずか1000円。犯行で大金を手に入れていたのではなかったのか。
「たかられ続けて20年」テレクラで稼いだ数千円を鬼親子に渡し続けていた和美容疑者
「奪った金のほとんどが、岡村親子に流れていました。岡村親子が盗んできた74万円とほぼ同額の買い物をしていたこともわかっています。こうした金の流れは今回の事件に限ったことではないようで、逮捕後に和美は『10数年前から金を岡村親子に渡していた』と供述しています。その総額は数千万円にのぼるとみられています」(同前)
和美容疑者は20年ほど前に仕事を通じて岡村恵美容疑者に出会っている。その頃から恵美容疑者に金を渡し始め、当時住んでいた公営住宅を退去、路上生活を強いられるほど困窮していった。それでも知り合ってから20年にわたって岡村親子に金を渡し続けてきた。
「多い時は毎日数千円を様々な名目で渡していたようです。明確な借金があったわけでも、債権者と債務者という支配関係があったわけでも、恐怖心から払っていたわけでもない。逮捕後には和美容疑者は恵美容疑者のことを“友達”と説明していました。洗脳に近い状態だったようです」(地元紙記者)
ホームレスになるまで困窮した和美容疑者はいったいどのように岡村親子に渡す金銭を稼いでいたのか。
「資金源は、売春や北九州市内のテレクラで働いたりして工面したようです。和美容疑者はホームレスの支援団体などに存在を認識されていませんでした。目に付かぬように公園を転々としていたのか、売春相手と共に毎晩ホテルを転々としていたのか。これまでどのように生活してきたのか詳細は謎に包まれています」(同前)
近隣住民に話を聞くと…
和美容疑者と岡村親子にはいびつな関係がある。長年、ホームレス状態の和美容疑者から金をせびってきた岡村親子とは一体何者なのか。
和美容疑者が野宿生活を送っていた北九州市八幡西区から車で30分、昔ながらの小道が入り組む遠賀郡のとある漁村に、岡村親子がかつて暮らしていたという古ぼけた家があった。
近隣住民らは事件について尋ねると、一様に「関わりたくない」と顔をしかめたが、ある女性が「恥やけん、誰も話さんよ……」と濁しつつ、20年以上前にこの地に嫁いできた恵美容疑者の印象を語った。
「知っているのは20年前、まだ嫁さん(恵美容疑者)が20代の頃や。可愛い人やったよ。会えば『おばちゃーん!』と声かけてきよった。髪は短くて、キビキビ動いてモノはハッキリ言う、気さくな娘やった。だから悪い印象は全くないのよ。夫はこの土地の出身でね、叔父の病院の掃除の仕事やら瓦屋の仕事やらをやっていた。嫁さんも仕事を手伝っとって、働き者で偉いなと思っていた。夫に庭の手入れをしろとでも言われたのか、『おばちゃん植木のこと教えてくれ』と言ってきたことがあった。数千円でやってくれる業者を教えてやったら、『ありがとう』とちゃんとお礼の品も持ってきた。礼儀正しい子やと思ったな。ただ、よそ者はなかなか入れんちゅうところもあるけん、ムラの苦労はあったかもな……」
住民とトラブルを抱えることもあったという。
「あそこの家はゴミを夜に出しよってね。朝になったら犬や猫が散らかすもんやけん、1回、夜に出すなと怒ったことがあった。それでも決まりを守らん。仕方ないけん、ゴミ袋にかぶせるネットを近隣で500円ずつ出して買うことにして、管理する当番も決めることになったんやけど、『ゴミは職場にもってくから当番もやらんし金も出さん』と拒絶したのを覚えとるわ。もしかしたらイジメられたと思ったのかもしれんね。夫の実家も借金のせいでなくなってしもうたし、あの嫁さんも散々苦労しとると思うよ」(同前)
親子を知る近隣女性は「名前も教えてくれませんでした」
別の近隣住民によると、恵美容疑者の夫はマナーが悪く、隣家のガスボンベがある庭に火がついたままのタバコを投げ捨て、通報されるような“問題児”だったという。やがて恵美容疑者はまだ小さかった愛香容疑者を連れ、家を出た。別居後に最終的に辿り着いたのは、約30km離れた北九州市小倉北区の市営住宅だった。岡村親子を知る近隣女性が語る。
「10年ぐらい前に引っ越してきましたよ。娘さんは中学生ぐらいでしたね。町会費を集める関係などで親子と接点がありましたが、最初は自分の名前も教えてくれませんでした。どうやらお母さんは夫のDVに悩まされていたようで、『夫が探しに来るかもしれないから、近所の人に私のことは隠しておいて』と頼まれました」
夫の暴力から逃れてきたと主張した恵美容疑者だったが、それから約9年の間、新居での生活の実態はうかがい知れなかった。
「ここにちゃんと住み始めたのは1年ぐらい前から。お母さんはどちらかというと地味な感じ。3日前に会った時と同じ服を着ていることもあって金を使っている感じがしなかった。娘さんはそれなりに化粧をしていて、友達なのかきょうだいなのか、若い人が部屋を訪れることもしばしばありました」(同前)
存在感のない親子だったが、ある時からことさら付き合いを避けるようになった。
容疑者の夫を直撃すると…
「事件の直前に仕事を辞めたらしく、親子ともに部屋の外で姿を見なくなりました。パグを飼っていたので、散歩する娘さんとすれ違うこともありましたが、あからさまにこちらを避けるようで、変だなと思っていたところ、ある日の朝8時頃に警察官が10人ぐらいドタバタと家に入っていくのを見て一体何があったんだとびっくりしました。報道されるまで、そんなことをする人とは思いませんでしたから」(同前)
夫の元を飛び出した岡村親子がどういう生活をしていたのかは、和美容疑者との接点を含め不明な部分が多い。事情を知っている可能性もある恵美容疑者の夫を自宅前で直撃したが、何も語ることなく玄関の戸は閉ざされた。
ゆがんだ関係で結ばれ、凶行に走った容疑者たち。3人の口から事件の真相が明かされる日は来るか。
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「週刊文春」では、今回の事件について情報を募集しています。文春リークスまで情報をお寄せください。
文春リークス: https://bunshun.jp/list/leaks
(「週刊文春」編集部/週刊文春)