ニュース裏表 峯村健司 巷にあふれる「台湾有事シナリオ」の問題点 日米参戦の口実に…あり得ない「尖閣諸島の同時攻撃」 最も有益な分析とは

新著『中国「軍事強国」への夢』第2弾
筆者が最初にまとまった「台湾有事」に関する論考を出したのは、2020年8月。「習近平の『台湾併合』極秘シナリオ 日本は確実に巻き込まれる」と題する記事を、文藝春秋誌上に発表した。その反響は大きく、朝の情報番組でも約1時間かけてシナリオを解説した。
これに対して、「危機を煽っている」「中国は失敗するリスクを恐れて実行しない」など、一部の専門家らから批判された。当時、日本国内では「台湾有事」はほとんど語られることはなく、むしろタブーに近かった。想定内の反発だったといえよう。
こうした認識は、わずか3年余りで激変した。専門家やメディアも公に「台湾有事」の可能性を指摘するようになった。日本政府だけではなく、シンクタンクやコンサルティング会社が、有事を想定したシミュレーションや危機管理のシナリオづくりをしている。
だが、いずれも違和感を覚えている。
筆者は20年近く中国人民解放軍を取材、研究してきた。軍事演習はもちろん、軍内で発行した内部文書などを含めた膨大な資料を読み込んできた。こうした観点から巷で語られているシナリオを見ると、根拠や証拠が薄いと感じざるを得ない。
中でも、自衛隊内や一部の有識者が主張する、中国軍が台湾侵攻と同時に尖閣諸島(沖縄県石垣市)を攻撃したりするシナリオはあり得ないと断言できる。中国の台湾併合の戦略目標として、自衛隊と米軍の介入をさせないことが最も重要となる。尖閣に手を出せば、日米両国が参戦する口実を与えかねないからだ。そもそも、同時侵攻を示唆する文書や演習を筆者は見たことはない。
こうした根拠が乏しいシナリオで、日本の政府や企業が危機管理のシナリオを準備しても対策は十分とはいえない。それどころか、逆効果になりかねない、と筆者は危惧している。
真の意味で、有事に対応できるシナリオづくりに欠かせないのが、信頼できる証拠だ。それに寄与しようと、新著『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)を出版することになった。習近平政権の戦略に影響を与える中国国防大学教授の劉明福(りゅう・めいふく)上級大佐が記した「台湾統一」のシナリオこそが最も有益といえよう。
劉氏は、1861年に米国で起こった「南北戦争」を「統一戦争」と見立て、北部連合がどのように統一のための「錦の御旗」を掲げて、南部を打ち破ったかについて緻密に分析したうえで、中国による台湾併合のやり方を解説している。
さらに驚いたことに、本書では統一後の台湾をどのように統治していくのか、についてもページが割かれていたのだ。本書が中国で出版されたのは2020年。すでにこの段階で、中国の軍、政府内の議論が、「統一方法」から「統治方法」に焦点が移っていたことを裏付けている。「台湾有事が起こるか起こらないか」という議論をしている日本が周回遅れであることが浮き彫りとなった。
いずれの部分も中国版では掲載されておらず、本書が世界初となる。米中対立の、そして台湾有事の最前線である日本で本書を先駆けて出版できることを光栄に思うとともに、より現実に即したシナリオづくりに貢献できれば監訳者として望外の喜びだ。 (キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする