「午前11時すぎのことでした。隣宅から帰ってきた息子が“やっちゃった”と言うんです。慌てて隣宅を訪ねると、1階の部屋であの人が倒れていました。急いで119番通報しましたが、もう、どうしたらいいかわからなくて……」
と8月15日の出来事を振り返るのは容疑者の母親。
千葉県市川市の住宅街で隣り合わせに住む民家で起きていたご近所トラブルが最悪の結末を迎えた。
消防からの連絡を受け、現場の民家に駆けつけた県警市川署は同日、被害者宅の隣に住む自称アルバイト・中馬茂容疑者(46)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。被害者宅で被害者の顔面や胸、腹などを殺意を持って蹴るなどした疑い。
被害者はひとり暮らしの美崎明保さん(74)。同署によると、通報で警察・消防が駆けつけたときはすでに意識がなく、心肺停止状態だった。搬送先の病院で死亡を確認。同署は容疑を殺人に切り替え、犯行の経緯などを詳しく調べている。
「中馬容疑者は、素足で蹴ったり踏んだりしたと話している。拳や凶器は使っていないようだ。遺体は打撲痕などで相当損傷しており、骨折や内臓損傷も確認している。暴行は数十回におよんだとみられ、司法解剖したがどの損傷が致命傷になったかわからないほどだった」(捜査関係者)
警察の取り調べに対して容疑者は、
「殺すつもりで暴力を振るったことに間違いない」
と容疑を認めているという。なぜ、隣同士でトラブルになったのか。
容疑者の母が告白「息子が“やっちゃった”と言うんです」
自宅を訪ねると、容疑者の母親は「向こう(美崎さん)が一方的にうるさく言ってくるんですよ」と切り出した。
「うちにはトラブルの発端になるような心当たりはないのに、とにかく“出ていけ!出ていけ!”と騒ぎ立てるんです。出ていってほしい理由は言わない。“出ていけ!悪魔!”と罵るなど、朝、昼、晩構わず、もう5~6年は続いています。まず室内で何かブツブツ呟き始め、部屋の中でわざと大きな足音を立て、大声で怒鳴るんです。真夜中にトイレの小窓から顔を出して“おい、中馬起きろ!”とか“おい、悪魔!”とか、いつも酒に酔って悪口を言う。話が噛み合わずレロレロですもん」(中馬容疑者の母親)
美崎さんは韻を踏んで、「ちゅうま、あくま、ちゅうま、あくま」とふざけることもあったという。
警察も介入している。2021年1月から昨年5月にかけて4回、いずれも中馬容疑者から警察に相談があった。
「隣の男がうるさい」「隣の男が悪口を言ってくる」
という内容。
警察は両者から事情を聞き取って美崎さんに改善を求めたほか、親族にも相談するなど複数回対応したという。
「手を出したり、所有物を壊したりするような有形力の行使はなかった。悪口などを言った、言わないの話」(前出・捜査関係者)
周囲が問題視していたのは被害者の美崎さん
現場近くの女性住民はこう打ち明ける。
「双方のトラブルはご近所では知られた話です。亡くなった人を悪く言うのは気がひけますが、周囲が問題視していたのは美崎さんでした。いわば酒乱で、口喧嘩の相手は中馬容疑者だけでなく、複数の周辺宅に“水が漏れてくる”とか“音がうるさい”“ペットの鳴き声をどうにかしろ”などと些細なことでクレームをつけて騒ぎました。独居生活の寂しさから偏屈になったのかもしれません。ターゲットになったお宅は引っ越したり、相手にせず我慢していた。中馬容疑者は神経質なところがあるため無視できず、まともに対応してしまったのでしょう。中馬容疑者は何軒か先の門扉を開閉する音にも過敏で“気をつけてください。母が寝ているものですから”と何回か注意しています」
地元住民らによると、美崎さんは周辺では最も古い住民。生命保険の外交員をしていた母親の収入で暮らしていたが、やがて母親は認知症を患い10年以上前に逝去。酒に溺れるようになり、周辺宅の塀を棒切れで叩いて歩き回るなど奇行が目立つようになった。
「美崎さんはお酒を飲まなければ実におとなしく、普段は“お花きれいですね”と話しかけてくるなど気の弱そうな男性なんです。ところがお酒が入ると人格が変わり、“ギャーオ!”と言語不明瞭な叫び声をあげるようになるんです」(前出の女性住民)
美崎さん宅の玄関先にはサボテンなどの植木があり、丁寧に育てていた様子がうかがえる。また、最近は目撃されていないものの海外有名ブランドのマウンテンバイクを乗りこなすなどアクティブな面もあったという。
一方、中馬容疑者は母親と2人で暮らしていた。仕事が長続きせず、清掃やチラシ配りのアルバイトなどで収入を得ていたようだが、一家の生計を主に担うのは母親。つまり、かつての美崎さんと似た生活を送っていたといえる。認知症の母親を看護していた美崎さんと、母親と仲良く出かける姿が頻繁に目撃されていた中馬容疑者は、互いに歩み寄ったり理解し合えたりしなかったのか。
容疑者の母と被害者は良好な関係を築いていたが…
中馬容疑者の母親はこう語る。
「美崎さんがひとり暮らしになった当初はトラブルはなく、母親の手料理が恋しいんじゃないかと肉じゃがなどを作ってよく持って行ってあげたんです。翌日、美崎さんは“ごちそうさまでした”とタッパーを返しに来るなど良好な関係でした。それがすっかり変わってしまって、私が“そんなに憎らしいの?”と聞いたら、“ああ憎らしい”って。2~3年前には大家さん立ち合いで“もう騒がない”という誓約書を書いてもらったんですが、全く効果がありませんでした」
そして事件当日の朝7時すぎ。美崎さんは自宅前で中馬容疑者の母親とばったり会い、数年前の出来事を持ち出して絡んできたという。
「“おまえんとこの息子に暴力を振るわれた”と言い始めたんです。かつて息子は美崎さんの胸ぐらをつかんでシャツの襟を伸ばしてしまったことがあり、それをまた責めようとする。私は“おまえにおまえと言われる筋合いはない”と言い返し、自宅に戻りました。息子が起きてきて“どうした?”と聞くので説明し、私は外出しました。11時すぎに帰宅すると息子の姿はなく、どこに行ったのだろうと思っていたら隣宅から帰ってきて……。息子のやったことは悪いことだし、美崎さんには申し訳ないと思っています。だけど、美崎さんの悪口はあまりにひどく追い詰められていたのも事実です。今、振り返っても、どうすれば解決できたのかわからないんです」(中馬容疑者の母親)
死人に口なし。中馬容疑者側の言い分だけを鵜呑みにするわけにはいかないが、複数の近隣住民が美崎さんの言動を問題視していたのも事実だ。そんな中、美崎さんの知られざる一面を知る地元の女性に話を聞くことができた。
「本性はそんな悪い人ではないんです。自業自得とはいえ、周囲に嫌われてこう言っていました。“ボク、アルコール依存性なんだ。嫌われることをやろうとは思わないのに、どうしてもやってしまうんだ。変質者扱いされて悲しい。ボクどうしたらいいでしょう。辛いんだ~、本当に辛いんだ~”と泣くんです。ずっと泣いているんです」
自分をコントロールできない美崎さんと、神経質な中馬容疑者。隣り合ってはいけない2人だったのかもしれない。しかし、どちらにどれだけ非があろうと、それは命を奪われる理由にはならない。