東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出が始まってから1か月余りがたった。中国が日本産水産物の輸入を停止したことで、中国への輸出が多いホタテなどの価格が下落するなど影響が出ている。青森の漁協ではナマコ漁の自粛を決めた。風評被害が心配された福島県産の水産物では取引に大きな変化が見られない。5日からは2回目の放出が始まる予定で、継続的な支援を求める声が上がる。(水野一希、高田彬)
福島産は落ち込みなし
「10月の漁で200万円くらいの収入を見込んでいたのに……」。陸奥湾に面した青森県横浜町でナマコ漁を営む秋田正明さん(58)はそう嘆いた。
ナマコは中国で高級食材として扱われ、青森県の昨年の生産量は北海道に次いで全国で2番目に多い。日本貿易振興機構(ジェトロ)青森によると、青森産ナマコの中国向け出荷量は昨年、約22トン(約7億8000万円相当)に上った。
通常は10月から漁が始まる。だが、中国の輸入停止で買い手が付く見通しが立たないとして、県漁業協同組合連合会は9月27日、県内でナマコ漁を行う27漁協に漁の自粛を要請。同29日までに全漁協が同意した。
自粛期間は10月の1か月間の予定だが、状況が改善されなければ期間の延長も視野に入る。秋田さんはホタテの養殖も手掛けていて、「先が見えず非常に不安。暗闇の中を歩いているのと一緒だ」と話す。
中国への輸出が多い水産物の一部は取引価格が下落している。中でも、ホタテとナマコは輸出依存度が高く影響が大きい。北海道では、ホタテ1キロ・グラム当たりの価格が7月中下旬の195円から、9月上旬には173円に落ち込んだ。
東電は、8月24日から処理水の海洋放出を始め、9月11日に1回目を完了した。今月5日から2回目の放出を開始する方針だ。
福島産の水産物については当初、買い控えなど風評の影響が懸念されたが、主要魚種の取引価格に落ち込みは見られない。
福島県の漁海況速報によると、放出後の8月24日~9月6日の2週間に、いわき市漁協が水揚げしたヒラメの活魚(固定式さし網漁)の平均価格は1キロ当たり1935円。1か月前の1719円や、前年同時期の1872円と同じ水準だ。
水産物を購入して支援する動きも広がり、相馬双葉漁協(相馬市)では、開設している8月のオンラインショップの売り上げが月平均の約3倍になった。今野智光組合長(64)は「うれしい誤算。全国から応援の声が届き、とてもありがたい」と感謝する。
国や自治体は影響を受けている水産業者への支援を急いでいる。
ホタテ養殖が盛んな北海道森町は、町内の水産加工会社を支援するため、ホタテを全国の子どもたちに食べてもらう取り組みを始める。中国に輸出できず、冷凍倉庫などで保管されたままになっているホタテのうち、約10万食分を町が買い取り、全国の学校給食用に無償で提供する計画だ。
町の担当者は、「町内の多くの業者が影響を受けている。ホタテのおいしさを知ってもらい、消費拡大につなげたい」と話す。
政府は、中国以外の販路拡大を目指す。ホタテの多くはこれまで、殻付きのまま中国に輸出され、中国で殻をむいて米国などに輸出されてきた。今後は、中国を経由せずに輸出できるよう、自動殻むき機の導入支援などを行う。
農林水産物や食品の産業戦略に詳しい加藤孝治・日本大教授の話「中国市場の先行きが見通せないことで、廃業する業者が出て水産業界が弱体化しないよう対策を講じることが重要だ。日本産水産物の消費を国内で拡大するチャンスだと捉え、官民が連携してキャンペーンを行うなど業界全体を支援していくべきだ」
処理水2回目放出 5日から
東電は今年度、原発で貯蔵する処理水全体の約2%に当たる3万トン余りを4回にわけて放出することにしている。5日から始まる予定の2回目の後も、放出はあと2回実施される見通しだ。放出に当たっては、大量の海水と混ぜて、放射性物質トリチウムの濃度を国の排出基準(1リットル当たり6万ベクレル)の40分の1(同1500ベクレル)未満にする。
1回目の放出では、周辺海域への影響を調べるため、東電は海水を毎日、水産庁は魚類をほぼ毎日採取し、トリチウム濃度を測定した。海水で1リットル当たり10ベクレルが1回検出されただけで、それ以外は、海水、魚類とも検出限界値を下回る「不検出」だった。国際原子力機関(IAEA)も独自に海水を調べ、同様の結果を確認している。2回目以降は、水産庁は測定の頻度を減らす。一方、東電は毎日の測定を続けるという。