《「院外持出厳禁」文書入手》 病院が職員に配った「あれも業務外、これも自己研鑽」マニュアル 【神戸・甲南医療センター26歳医師自殺】続報

〈 《内部音声公開》院長が職員向け説明会で「業務量は多いと言えない」「手元に資料がない」を連呼 職員は取材に「隠蔽していたのではないか…」【神戸・甲南医療センター26歳医師自殺】 〉から続く
「病院として過重な労働を付加していた認識はない」「時間外労働の把握に関する部分には相違がある」
昨年5月に兵庫県神戸市の基幹病院「甲南医療センター」に勤務していた医師の高島晨伍(しんご)さん(当時26)が自殺し、西宮労働基準監督署が労災認定していた事件。8月17日に記者会見した具英成院長は、冒頭のように労基署の認定に異論を唱えた。
「労基署の認定では、亡くなる直前の高島さんの月の残業時間が200時間を超えていました。しかし、病院側は『タイムカードの打刻の時間で計算すると、これには自己研鑽の時間も含まれている』と説明。高島さんが病院に自己申告していた残業時間は30時間ほどだということも明かし、200時間には業務外のスキルアップのための自己研鑽や休憩・仮眠の時間が含まれていると主張したんです」(地元記者)
「週刊文春」は、具院長らによって今年3月3日に行われた職員向けの高島さんの自殺に関する説明会の音声データを入手。そこでも具院長らは、高島さんの残業時間の具体的な時間を明かさずに「(高島さんの)業務量は多いとは言えない」「自己研鑽の時間はどのくらいか、資料を持ち合わせていません」などと話していた。
匿名を条件に現役職員が明かす。
「もともと病院には『業務』と『自己研鑽』を区別する明確なガイドラインが存在していませんでした。ところが、高島さんが昨年5月に自殺したことを受け、病院側は急遽、全職員に向けて業務内容に関するアンケートを実施したんです。職員たちはみんな『曖昧だった自己研鑽についての定義をはっきりさせることができれば』と回答したのですが、蓋を開けてみると、トンデモないガイドラインが配られて…」
目を疑う〈院外持出厳禁〉資料の内容
「週刊文春」は、甲南医療センターの働き方改革特別推進室が作成した「医師の時間外労働と自己研鑽についての取り扱い指針」と題された複数バージョンの資料を入手。〈Ver.1.0 2022年10月〉版の資料は、表紙に〈院外持出厳禁〉と赤字で記載されていた。
「昨年末ごろですかね、2022年10月版を初めて見て、アンケートの結果が集約されたんだなと思いました。こそっと中をのぞくと、目を疑いましたよ。自己研鑽の例『新しい治療法や新薬についての勉強』や『自らが術者である手術や処置等についての予習や振り返り』といった文言が並んでいたんです」(同前)
〈勤務時間内に行う努力が必要〉〈予習・振り返りは自己研鑽〉
その後、今年4月に職員たちに向け、アップデートされた資料〈Ver.2.0 2023年4月〉版が配布された。こちらも表紙には〈院外持出厳禁〉と明記されている。その一部を抜粋すると、以下の通りだ。
Q:新しい治療法や新薬についての勉強
*新しい治療法や新薬について保険適応になっているのであれば(もしくはもうすぐ承認)医療業務、未承認であれば患者さんに還元されないので自己研鑽の範囲では?
A:新しい治療法や新薬の保険適応に関係なく、自己学習は自己研鑽になります。
Q:自分が主治医である患者の手術、検査、処置等についての予習や振り返り
*就業開始前の朝のカルテチェック、予習は医療業務に入らない?
*朝の始業前の時間の回診なども医療業務では?
*術前・後、検討会の発表のための予習・振り返りは?
A:時間によらず、カルテチェック、予習、復習、回診等は医療業務にあたります。これを、できるだけ勤務時間内に行う努力が必要です。就業開始前ではなく、可能な限り、就業開始時間(8:30)と外来、検査開始時間(9:00)の間に行うよう各科で工夫が必要です。
(略)
自らが術者である手術や処置等の予習や振り返り、検討会の発表のための準備としての予習・振り返りは自己研鑽になります。
このように、職員から寄せられたとみられる*の質問を参考に、Q&A形式での説明が並ぶ。別の現役職員が嘆く。
「例えば若い先生だったら、手術の事前に上司と方法について確認したり、本を読んだりして勉強するのが当たり前です。1日3時間くらいはかかったりする。人の命を扱うんですから当たり前です。新薬についての勉強はベテランも含めてやりますが、製薬会社の人に病院に来て頂いて説明を受けたり、ウェブセミナーを受講することもある。目の前の患者さんを助けるために、予習をしたり勉強をしたりするわけですし、これが業務に当たらないというのは正直、納得できません」
また、叩き台と見られる2022年10月版と、実際に職員に配られた2023年4月版を比較すると、2023年4月版では〈当院における自己研鑽と時間外医療業務の区別の具体的な例〉のリストとして、自己研鑽の例の最後に〈専攻医プログラムに沿った学会発表〉などといった文言が追加されていた。
関西地方の別の病院の勤務医が解説する。
「昔でいう後期研修医に当たる専攻医を一人前の専門医に育てることが病院の使命です。専門医になる上で学会発表は免れない。これを業務時間外とするのはさすがにブラック過ぎます。うちの病院では間違いなく『業務』として扱いますよ。高島さんは、専攻医として学会発表の準備に追われていたこともまた、大きな負担になっていたようですが、甲南医療センターではこれを『自己研鑽』と見なすという結論にしたのでしょうね……あくまで過剰労働ではないというスタンスを取りたいんだと思います」
多くの“業務”が「自己研鑽」扱いに
2023年4月版では、以下のようにQ&Aが続く。
Q:参加義務のない上司、先輩が施行する手術、検査、処置等の見学 上記の途中で手伝いを依頼され手伝った場合
*主治医として患者の治療のためのものは業務では?
*手伝い(診療上の場合)を依頼され手伝った場合、拒否したのに手が足りなくて手伝った場合は業務では?
(略)
*“参加の義務のない”とは誰が決めるのですか? 上司・先輩への忖度で実質義務の様なものだと思います。すべて医師として必要な医療業務の中の1つと思います。指導医を取るまでは義務にしてあげたらいいのでは?
A:“参加の義務のない”とは、基本的には、主治医以外の患者の手術、検査を指しますが、上司の命令、指示で行う見学は業務、それ以外のものは自己研鑽です。主治医である患者の手術、検査の見学は当然医療業務になります。見学中の手伝いの扱いは非常に難しいのですが、手伝いが常態化している場合は業務として扱い、常態化していない場合は自己研鑽になります。
この〈それ以外のものは自己研鑽〉は繰り返し出てくるワードだ。実際に業務と認められる仕事は限定的で、多くの“業務”が「自己研鑽」扱いになっている。最後のQ&Aは、次のような病院の見解で締めくくられていた。

*本人が「自己研鑽」として行っていないことを、上司が「自己研鑽」だと決めつけたり評価することはおかしい。
A:一般企業と同じく、病院に勤務する医師の労務管理には一定のルールが必要であり、各勤務医の勤務状況を医療業務とするか自己研鑽とするかは、労働基準局通達を基にしたこの指針に記載した当院の規則に則って、最終的には上司が判断します。
中堅の現役職員が訴える。
「この文言には唖然としました。結局、『自己研鑽』か否かを判断するのは、上司だということです。このようなマニュアルがまかり通る限り、いつまで経っても、うちの病院の労働環境は良くならないと思います」
甲南医療センターに「医師の時間外労働と自己研鑽についての取り扱い指針」についての見解を求めたが、遺族が訴訟提起の意向を示していることを理由に「本件についてのご質問については回答を差し控えさせて頂きます」とした。
あれも業務外、これも自己研鑽……。若手医師の自殺という悲劇を招いた甲南医療センターの労働環境について、「週刊文春」には職員たちから続々と告発が寄せられている。
8月22日(火)12時配信の「 週刊文春 電子版 」および8月23日(水)発売の「週刊文春」でも、甲南医療センター26歳医師自殺を巡る更なる問題について取り上げる予定だ。
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「週刊文春」では、今回の事件について情報を募集しています。文春リークスまで情報をお寄せください。
文春リークス: https://bunshun.jp/list/leaks
(「週刊文春」編集部/週刊文春)

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