36人が犠牲になった2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などに問われた青葉真司被告(45)の裁判員裁判は京都地裁で全日程の3分の1を終えた。青葉被告は法廷でよどみなく質問に答える一方、明確な謝罪や反省の言葉は口にしていない。犠牲者の遺族や関係者は、複雑な思いで審理の行方を見守っている。(坂戸奎太、浅野榛菜)
質問の流れで「申し訳ございません」、謝罪と言えず
「やけくそという気持ちでした」。9月5日に始まった公判は、全32回(予備日含む)のうち11回が終わり、青葉被告は事件を起こした時の心境をこう話すなど質問にはっきり受け答えし、回答を拒んだり、言葉を濁したりする場面はほとんどない。「そこまでしなきゃならなかったかというのが今の正直な気持ち」と、後悔と取れる言葉も聞かれたが、京アニが自身の小説を盗用したとの一方的な主張を終始繰り返している。
「らき☆すた」などの監督を務めた武本康弘さん(当時47歳)の母(75)(兵庫県赤穂市)は「何もかも他人のせいにしている」と感じている。
高齢で、裁判所に足を運べていないが、公判のニュースは欠かさず見てきた。
青葉被告は、幼少期に困窮した生活を送り、非正規の仕事を転々としていた。武本さんの母は「不幸な生い立ちでも事件を起こす理由にならない。今も事件を起こしたことを間違いと思っていないと思う」と語る。
弁護側は、事件は「京アニと一体となって嫌がらせをした『闇の人物』への対抗」だったと主張。妄想性障害の影響があったとし、刑事責任能力を争う姿勢を示している。武本さんの母は「そんなことで息子は犠牲になったのか。どんな理由があっても36人の命を奪ったことは許されない。罪を償ってほしい」と訴える。
公判は、毎回数十人の遺族が傍聴している。時折すすり泣く声が聞かれるが、青葉被告が遺族の方を見る場面はほとんどない。
息子を亡くした男性も法廷に足を運んだ。青葉被告は事件で大やけどを負ったが、身ぶりを交えて話すほど回復している。傍聴席からその姿を見て、改めて息子を奪われた悔しさが募る。
青葉被告は、遺族からの被告人質問で犠牲者に家族がいたことを認識していたかどうか問われ、「申し訳ございません。そこまで考えませんでした」と述べた。
男性は「質問の流れで『申し訳ございません』とは言ったが、犠牲者や遺族への謝罪とは言えない。言葉が軽く、何を聞いてもむなしい」と語る。
男性が傍聴した際、京アニ作品が法廷で上映された。それを見た後でも、青葉被告は自身の小説が盗用されたとの従来の主張を述べた。
「息子たちが力を尽くしてきた作品。あまりに一方的で、犠牲者を侮辱しているようで悔しい」と話す一方、公判を通じていつか反省する時が来るのではと、わずかな望みも持っている。
「せめて同様の事件が再び起きないことにつながる裁判になれば」と願う。
彼が事件に向き合い、反省する場にしなくては
事件後、青葉被告の治療にあたった上田敬博・鳥取大病院高度救命救急センター教授(51)は「理解し難い発言もあるが、黙秘せずに語っているのは彼なりに裁判に向き合っているということだろう」と受け止める。
上田医師は公判前、九死に一生を得たことで、青葉被告の考え方が変わったのではないかと期待を抱いていた。しかし、公判は期待した内容ではないという。
「裁判で有利になるための言葉ではなく、本音を語ってほしい。彼がやったことは明らかに間違いだ。裁判を彼が事件に向き合い、反省する場にしなくてはならない」と語り、「判決までに心から反省し、犠牲者や遺族にしっかり謝罪してほしい」と注文をつけた。
次回公判は11日に開かれ、今月下旬からは精神鑑定をした医師らへの証人尋問を実施し、責任能力についての本格的な審理が行われる。判決は来年1月25日に言い渡される。
青葉被告の法廷でのこれまでの発言を、記者のメモを基に、よく使われた言葉ほど大きく表示される「ワードクラウド」という手法で表現した。
最も目立ったのは、青葉被告が、ネット掲示板でやりとりしたと主張している京アニの「女性監督」(法廷では実名)。青葉被告は匿名の書き込みを女性監督によるものと思い込んでいた。裁判では、女性監督に恋愛感情を抱き、裏切られたと感じたとの主張を展開。ネット掲示板の「2ちゃんねる」や「京アニ」という言葉も多く口にしていた。
また、「派遣切り」や「刑務所」など生い立ちに関わるものや、闇の人物を指す「ナンバー2」や「公安部」など妄想と思われる言葉も何度も使われた。