《老人ホーム事件簿》認知症の影響でセクハラ、ベッドに潜り込む高齢女性、“深刻トラブル”の実態

「近年、高齢者施設で起きているトラブルは、介護職員の不足に起因するものが多いと考えています」
介護職員の不足が起こすトラブル
そう話すのは介護職向けのメディア「ケアきょう」を運営する向笠元さん。
「多くの介護職員は高い志を持って職に就きます。しかし現場では少ない人数で大勢の入居者を見なければならず、気力、体力共に余裕がなくなります。また長時間労働で基本給はギリギリのところがほとんど。労働条件の悪さからストレスがたまり、最悪の場合、虐待の遠因になりかねません」(向笠さん、以下同)
2021年に厚生労働省が発表した「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」によると、2023年に必要とされる介護士の人数は約233万人。だが、約22万人が不足している現状という。定年退職後の人材にも門戸を開放しており、高齢になって介護職に就くケースもあるが、慢性的な人員不足の解消には程遠い。
施設内でのトラブルは、大きく分けて「入居者同士」と「入居者と職員との間」の2つ。十分なスタッフ数のいる施設では、例えば、入居者のAさんとBさんが不仲となれば間に入ったり、その情報を職員同士で共有もできる。だが、職員の入れ替わりが激しければコミュニケーションも十分にとれない。
今年10月、11月にも介護職員が入居者にケガをさせたり、死亡させたりする暴力事件が起きた。
「虐待をしてしまった職員の日頃の行動はどうだったのか、問題はなかったのか。事件当時の職員の配置体制はどうだったか。人員がしっかり確保されていて施設内に目を配る仕組みができていれば、こういった事件は防げる可能性が大きいと思います」
もはや、高齢者の命を守ることができないレベルにきているほど、日本の介護環境は悪化しているのかもしれない、と話す。
「認知症患者が入所するグループホームでは特にトラブルが多いんです」と、「ケアきょう」の編集者で今も介護士として働くTさんは話す。
「認知症患者さんは感情のブレーキが利きにくいんです。ほとんどの方は穏やかですがカーッとなってしまう人も中にはいます。認知症でなくても、高齢者なら多少、認知機能の衰えがあるのは珍しくありません。つねられる程度は我慢しますが、殴る・蹴るといった場合は家族へ報告します。実際、私も入居者の男性からグーで殴られ、眼鏡が壊れたこともありました」
しかし、施設によってはコトを荒立てまいと、家族にも報告せず職員が泣き寝入りするケースも。
「正規職員なら骨折などをすれば労災が下りますが、パートで働いている場合は、施設によって、治療費を自己負担させられる場合もあると聞いています」(Tさん)
認知症の影響から夜這いやセクハラ
認知症の影響から夜這いやセクハラをする、物を盗られたと騒いだり、反対に盗んで部屋に隠す、勝手に外に出てしまうといった事件を起こすこともザラだという。
「『80代の女性介護職員が90歳の利用者さんからセクハラを受けて困っている』といった話が相談窓口に寄せられたことも。何歳になっても異性間、ともすると同性間のセクハラも存在します。私も、認知症の男性入居者が満面の笑みで別の認知症の女性入居者の胸をもんでいるのを見たことがあります。ご家族に話すと『猥談なんてしたこともない、まじめなおじいちゃんが!』と驚かれていました。入居者が職員に対して行うセクハラは厚生労働省のマニュアルに沿って対応しますが、入居者同士、特に加害者の認知機能が落ちている場合は注意しても覚えていないと言われるので、対応が難しいです」(Tさん)
また、職員がセクハラの加害者側ということもある。
「『グループホームの72歳の男性職員が入居者女性にセクハラをした』といった訴えもありました。高齢の女性は世代的にも被害を口にしにくいようですし、職員に嫌われて世話をしてくれなくなったらという不安もあるようです」
今回、認知症が原因と疑われるトラブル事例を上部で紹介している(協力:ケアきょうなど)。
「職員が最も恐れているのは、転倒事故につながるものです。高齢者は一度骨折してしまうと、寝たきりになる可能性も高いですし、入居者さんご家族から責められ、大きなクレームになることも」(Tさん)
入居者間のトラブル防止のために、職員もさまざまな工夫をしている。
「入居者同士の性交渉は禁止されているケースもあり、関わりを減らすために男性と女性の席を近づけないなどの工夫をしている施設もあります」(向笠さん)
それでも職員の目をかいくぐり、男女の仲になって相手の部屋に通ったり、夫婦で入居しているにもかかわらず、不倫に走る猛者もいるという。
女性同士の人間関係もやっかいだ。施設で出会って意気投合し、人生最後の親友をつくる人もいる。反面、施設内で複数の派閥ができ、時に対立してしまうことがある。
「都心の高級老人ホームでは夫の給料や役職、海外旅行にはどこへ、何回行ったなどの話題で、マウントの取り合いになることもあります」(向笠さん)
入居者でマウントの取り合い
前出のTさんが働いている施設は入居前は農家だった人が多く、畑や田んぼの広さ、お米やネギの収穫量でマウントを取る人もいたという。
「入居者同士、うまくいかないのが最大のストレス。ちょっとでも会話が苦痛になると感じたら、すぐ職員に相談してみてください。対面する機会を減らすよう、調整してくれると思います」(Tさん)
「安い給料でもまじめに働く職員にとって、施設上層部がやっている不正受給は許せないこと。告発したいけれど、自分が告発者だとわかるのが怖いという相談はよく届きます。多いのは提供していない介護サービスを申告し、介護報酬を受給するケース。発覚すれば指定取り消しの行政処分もあり得ます」(Tさん)
さらには、「経営のために雇われた施設長や部長は、年俸制で高給取りだったりします。全員がそうとはいえませんが、もともと現場経験がなく、コストパフォーマンス以外には無関心なことも。現場を見ていない人が上に立つと、職員同士のパワハラや不倫が横行しやすい。そういった施設では職員のモチベーションも下がりますし、利用者に不利益なことが起きたり、深刻な事件が生まれる危険性が高まると考えています」と、向笠さんは介護業界への不安を募らせた。
■バラエティー番組でデヴィ夫人が身体を張っている姿を利用者が見て、床にマットを敷いて同じように飛び降りようとしていた。(「ケアきょう」アンケートより、★は以下同)
■利用者同士がケンカ。ひとりは柔道黒帯の男性で、柔道の構えでつかみかかろうとしたので、危ないと思い、間に入ったところ、腕が引っかき傷やアザだらけに。★
■夜勤でオムツ交換に行くと、横になった男性利用者の上にリハビリパンツを脱いだ女性利用者がまたがっていた……。★
■女性職員が男性利用者のトイレの介助を行った際、手やわき腹を触られた。以前にもその人は入浴介助中に別の女性職員の身体を触ったため、男性職員が対応することに。(厚生労働省 介護現場におけるハラスメント事例より)
■携帯電話がなくなったと利用者のAさんから申し出があった。電話をかけたところ、収集癖のある利用者のBさんの部屋から音が聞こえて……。捜すとベッドマットの下で発見された。★
■80代の父がショートステイ初日の夜、知らない入所者の女性がベッドに潜り込んできて……。翌朝、父から「今すぐ帰りたい」と連絡があり、すぐに帰宅させた。(ライターAさん)
不正請求の横行
「ケアきょう」のアンケートで意外に多かったのが施設の不正請求を告発したいという声。まじめに介護に向き合うスタッフには耐えられないという思いも強いようだ※。
本来1時間の入浴介助なのに30分で行い、もう1人を入浴させ、伝票を書き換えることを組織ぐるみでやっている。
監査が入りそうになり、施設の管理者から看護記録の記載し直しの指示があった。看護師が測っていない呼吸数や体温などのバイタルを記載したり、吸引の回数なども書き直している。
小規模デイサービスで働いているが、長期にわたって勤務実態のない生活相談員を経営者の娘やいとこの名前で虚偽の記載をしている。また、15時までの利用者を1時間早く同じ経営の有料老人ホームに戻し、そのまま不正請求している。
社長が従業員に県の聞き取りに虚偽報告をさせ、指定取り消し処分を受けたが、別の会社を立ち上げた。しかし懲りずに利用者に名前貸しをしてもらい、その利益で利用者にお金を貸したり、酒を飲ませている。社長は「ほかの会社でも不正はしている」と言う。
※ケアきょうに寄せられたアンケートを、個人が特定されないよう一部改変済み
最近報道された高齢者施設の事件
●90代の女性入居者がケガ
90代の女性入居者が「胸が痛い」と訴え、身体にアザが認められた。部屋の防犯カメラで確認したところ、29歳の介護職員が女性の胸を蹴ったり、頭を叩いていることがわかり傷害などの疑いで逮捕された。(東京都八王子市のグループホーム、2023年11月2日)
●81歳の男性入居者死亡
54歳の介護職員が、昼食の介助中につねられて腹が立ったと、81歳の男性入居者の顔を殴打。入居者は急性硬膜下血腫により死亡した。(東京都足立区の特別養護老人ホーム、2023年10月24日)
●100歳の女性入居者死亡
79歳の男性入居者が100歳で寝たきりの女性入居者に性的暴行を加えて死亡させた。(北海道弟子屈町の特別養護老人ホーム、2023年9月7日)
●83歳の女性入居者が職員を襲う
入浴介助中、83歳の女性入居者が女性職員が着ていたパーカのひもで首を絞めたため、殺人未遂の疑いで逮捕された。(愛知県あま市のグループホーム、2019年1月2日)
入る前に知っておきたい「いい高齢者施設の見分け方」
自分の家族が老人ホームを利用するとき、できればいい施設に入居させたいと考えるもの。今回は、金銭面以外での施設のよしあしの見極め方をご紹介する。
「実は介護施設の福祉サービスの質を客観的に評価する『福祉サービス第三者評価』というのがあるんです。東京都では補助金を出しているので、評価を受けている事業者が多く、参考にしてほしいですね」と話すのは、ケアマネジャーでその調査員もしている土谷邦子さん。
中立な立場で、介護サービスの内容や組織の経営力などが評価される。ネットで『第三者評価』と検索すると受審している施設がわかる。
「義務ではありませんが、首都圏や都市部では評価を受けている施設も多いですよ。ただ、お金もかかるので、地方になると受審率が低いです」
要介護3以上でないと入れない特別養護老人ホームに関しては待機人数が多く、空いたらラッキーな状況なので選ぶのは難しいが、専門家の客観的な評価は参考になる。
第三者評価を受けていない施設や、施設見学をする際はどこを見るといいだろうか。
「施設に入った瞬間のにおいです。『クサイ』と感じる施設は、排泄介助をちゃんとできていない可能性が高い。ずっとにおいがあれば人間の鼻は鈍感になるので、職員も掃除を徹底できていないんです」
次に、入居者の目の輝きを見るといいそう。
「入居者の目が虚ろな施設は、介護者が積極的に入居者と関わっていないかもしれません。日中は基本、入居者は部屋の外に出て、眠らずに活動するのが理想的です」
3つ目に、出されたお茶が美味しいかをチェックする。
「高齢者はお茶が好きなので、それが美味しい施設は料理の味にもこだわっている可能性が高いです」
さらに、見学の際、積極的に部屋を見せてくれるかもポイントだ。
「掃除や整理整頓がされているかは、もちろん要チェック。重症な方と、軽症の方の階数を分けていることが多いので、サッとでも全館見せてもらえるところは安心ですね」
●においがしないか ●利用者の目の輝き ●お茶が美味しいか ●全館を見せてもらえるか
教えてくれたのは……ケアマネジャー・土谷邦子さん。ヘルパー研修講師。NPO日本高齢者介護協会理事も務める。【東京都福ナビ】

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