台風13号の大雨被害を受け、福島県いわき市が発行した広報紙の臨時号に賛否の声が上がっている。全4ページのうち3ページにわたり、内田広之市長が被災地視察などを行う写真計8枚を掲載。市は「市長が復旧に精力的に取り組む姿勢を示した」とするが、「まるで選挙ビラのようだ」と疑問視する声も上がる。同市では過去、災害対応を巡って市長が批判を浴びた経緯があり、市政関係者からは「任期が折り返しを迎える中、再選に向けて存在感を示したかったのでは」との臆測も出ている。(矢牧久明)
今月1日に発行された臨時号は、通常の広報紙(約12万1000部)に折り込む形で、自治会の回覧板を通じて各世帯に届けられた。
表紙には、視察に来た内堀知事に市長が被害状況を説明しているカットを採用。2ページ目には、市長が写った大小6枚の写真とともに「私は、被災全域を歩き、これまで数百名の被災された方々と対話をし、現場感を持って指揮にあたっています」とのコメントを掲載している。このほか、 罹災 証明書の申請や住宅支援などの各種制度の案内などを載せている。
この臨時号を見た市民からは「市長は頑張っている」との声がある一方、自宅が浸水被害を受け、今も復旧作業に追われる同市の50歳代女性は「まるで市長の写真集。被災者の私には役に立たない」と話す。市議会からは、4年前の台風19号の際に発行された臨時号が、水没した被災地の写真をメインに構成されていることを踏まえ、「今回の臨時号は広報ではなく、市長の後援会がつくる選挙用のビラと勘違いする市民もいる。広報の私物化だ」との声も聞かれる。
制作の意図について、市広報課の担当者は「市長が被災地に精力的に通い続け、被災者に寄り添っていることを市民に知らせることが重要と考えた」と説明。内田市長も「私のリーダーシップを見せることで市民は安心する。受け取り方は人それぞれだろうが、批判があっても、市が何をやっているのか分からないよりはずっといい」と述べた。
同市では過去、災害の発生で市長が批判を浴び、選挙で敗れるケースが続いた。それだけに、内田市長に近い市議は「市長は災害対応には神経をとがらせている」と明かす。
2011年の原発事故の後、当時の渡辺敬夫市長が「公務を投げ出して市外へ逃げた」とのデマが広まり、13年9月の市長選で「私は逃げない」と訴えた元県議の清水敏男氏が当選。その清水氏も、19年10月の台風19号や新型コロナウイルスの対応で批判を浴び、3期目を目指した21年の市長選で元文部科学省職員の内田氏に敗れた。
市長は今回の大雨発生後、連日被災地に足を運び、報道陣の取材に積極的に応じてボランティアの参加を呼び掛けたり、自身のフェイスブックで存在感をアピールしたりしている。市職員OBの一人は「再選に向け、実績づくりに焦っているように見える」と語る。
いわき市出身で、福島の復興などを研究している開沼博・東大准教授(社会学)は「社会不安を抑えるために、市長が力を尽くす姿を見せることは理解できるが、その手段に広報紙を使ったことで私物化しているように見えた人もいたのではないか」と指摘。「公的な発行物では、被災者にとって優先順位が高い有益な情報を選択し、発信することが重要だ」と話している。