共済商品の営業ノルマにJA職員たちが喘ぎ、あまりの過酷さに職員が家族や知人を巻き込んでまで「自爆営業」に走る実態を、筆者は著書『農協の闇(くらやみ)』などで指摘してきた。さらに営業の現場では、顧客を騙して商品を売りつける不正販売が多発している。
本連載の 中編 では、その魔の手が、ときに家族にまで及ぶ実態を明るみに出した。今回の後編では、家族ぐるみで付き合いのあった信頼すべきJA職員から仕掛けられた巧妙な不正販売の手口を、被害者の告発をもとに明らかにしていく――。「文藝春秋 電子版」に掲載されている迫真のルポを一部転載する。( 前篇 、 中編はこちら )
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「絶対に損をしないから大丈夫」
「JAは、顧客と職員からお金を取ることしか考えていません。これまで受けてきた不誠実で不透明な営業や対応に、怒りと悲しみでいっぱいです」
九州在住、40代の山口史子さん(仮名)がやりきれない思いをぶつける相手は、父が定年まで勤めた北部九州にあるJAだ。
山口さんはこれまで、父の同僚であり、なおかつ家族ぐるみの付き合いをしてきたJA職員の飯沼一氏(仮名)から懇願されて、計2つの共済商品を契約した。いずれも最近になって、不利益を被ることを前提にした契約だったことが発覚したのだ。
1つは「終身共済」。契約したのは、今から20年ほど前、山口さんが大学を卒業し、就職した直後である。
当時JAに勤めていた父が「養老生命共済」で満期を迎え、積立金を受け取ることになった。父はその積立金を元手にして、娘の山口さんに終身共済を契約するよう促した。それは親しかった飯沼氏の誘いがあったからだ。飯沼氏は、共済商品の営業を専門にする「ライフアドバイザー(LA)」だったので、父も彼のことを信頼していた。
「保険も共済も昔は予定利率が高く、貯金の性格が強かった。共済に詳しくない父はその印象を持ったままだったのでしょう。飯沼さんは『絶対に損をしない』と言っていたそうで、父は、私の将来を思って契約を勧めてくれたのだと思います」
山口さん自身も「共済について無知だった」こともあり、2人に言われるがまま契約することにした。
「当時は医療共済にも入っていたので、正直、年間の掛け金が2つの共済で計13万円というのは、かなりきつかったです。私の仕事の給与が低いだけでなく、奨学金の返済もあったので、大学時代にバイトで貯めたお金を切り崩しながら支払ってきました」
だが、それから6年後。飯沼氏がふたたび父を通じて、終身共済の「転換」を勧めてきた。「当時は転換の意味すら分からなかった」という山口さんに、飯沼氏は改めて「絶対に損をしないから大丈夫」と説いた。
「60歳以降は一切払わなくてよい」
父が結んでいた何かの共済契約が満期を迎えるときだった。数百万円という多額の積立金が支払われることを知った飯沼氏が、父にその金を原資にして、山口さんの終身共済の保障を充実させるよう転換を促す営業をしてきたのだ。具体的には、保障額を1000万円から2000万円に引き上げるというものだった。
当時、飯沼氏は父にこう説明している。
「いま転換すると、たしかに掛け金は上がる。ただ、娘さんが60歳以降は一切払わなくてよくなる」
山口さんは、飯沼氏から言われるがまま、転換の契約書にサインをした。
だが、この説明は嘘だった――。
山口さんがそれに気づいたのは、2022年に新型コロナウイルスに感染し、共済金が支払われるか確かめようとしたときだ。JA職員に別途、自分が加入していた終身共済についても質問すると、60歳以降も特約の掛け金だけは払わなければいけないことが分かった。
驚いた山口さんは、あらためて契約書を確認すると、5つの特約が付けられており、年間で計約3万円の掛け金が発生していた。
もちろん、この点について、飯沼氏からは一切説明を受けていない。さらに山口さんが相談を持ち掛けた別のJA職員も、事情を聞いて、飯沼氏に非があったことを認めているという。
「元本割れしない」の嘘
じつは、山口さんはこれより前から、飯沼氏に不信感を抱いていた。「年金共済」でも、不利益を被る契約をさせられていたからだ。
約10年前、飯沼氏から年金共済を勧められたが、山口さんは契約するつもりはなかった。すると飯沼氏はこう言ったという。
「貯金と同じで、いつでも解約して引き下ろせるし、元本割れはしない。契約期間は5年で、月2万円払うだけでもいいので」
それに対して山口さんは「給与からの天引きで財形貯蓄をしている他に、奨学金の返済もあるので、とてもできません」と断った。しかし、飯沼氏は「それなら、月1万円だけでも」と食い下がる。父の同僚であるうえ、近所に住んでいることもあり、関係性が拗れるのを恐れて、無下には断りにくかった。山口さんは止む無く、あらためて元本割れしないことを飯沼氏に確認したうえで、月1万円の掛け金で契約している。
だが、この説明も嘘だったのだ。
その5年後、山口さんが年金共済を解約しようと飯沼氏に相談したところ、「契約後11年が経たないうちに解約すると、元本割れしてしまう」と言われたのだ。当初の話と違うので、山口さんが問い詰めると、飯沼氏は「自分の勉強不足でした。ごめんなさい」とあっさり謝罪したという。
だが、すぐさまこう付け加えたという。
「あと何年かしたら元本割れしないから、契約を続けてくれないか」
謝罪をした舌の根の乾かぬうちに、契約の継続を頼み込む飯沼氏の態度に山口さんは呆れ果てた。「JA職員にとって、大事なのは顧客ではなく自分の実績なんだと、はっきり感じた」という。ただ、この時も、父の同僚である手前、それ以上は強く追及できなかった。
飯沼氏の説明で不審な点は他にいくつもあった。
一つは、そもそも年金共済の契約時にその内容を記した「共済設計書」を渡されていなかったことだ。山口さんがJAに年金共済の解約を申し出たときに、初めてその文書の存在を知り、受け取った。それを読んで、自分には不利な契約内容になっていたことに衝撃を受けたという。これは、終身共済についても同様である。
「不利益を被る契約内容であることがバレないように、飯沼さんはあえて私に設計書を渡していなかったとしか思えない。そうであれば、とても悪質です。もちろん、契約者である私がきちんと把握していなかったことに責任はあるのですが……」(山口さん)
北部九州のJAに今回の事例について問うと「そのような事実は把握しておりません。なお、今後そうした事実が判明した場合には、適切に対応してまいります」とのみ回答が返ってきた。
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窪田新之介氏による「 信頼するJA職員の説明は嘘だった 」全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
(窪田 新之助/文藝春秋 電子版オリジナル)