いわゆる「コシヒカリ発言」で2021年に辞職勧告決議を受けた静岡県の川勝平太知事は、自らにペナルティーを科すとして給与1カ月分と暮れのボーナスの合計約440万円を返上すると記者団に表明しながら、そのまま頬かむりしたと厳しい批判を受けたため、2023年7月12日、6月県議会最終日にあらためて給料等を返上すると表明した。
ところが、給与等の返上を表明した川勝知事の答弁に虚偽があったとして、最大会派の自民党県議団が反発、13日未明に不信任決議案を提出、採決の結果、1票差の否決というごたごたにまで発展した。
実際のところ、県議会で不信任決議案は否決されたが、川勝知事の給与等の未返上問題が決着したわけではない。
9月21日開会の静岡県議会で、知事提案による給与等返上の条例案が審議されるはずだが、水面下ではすでに大きな混乱を招いている。
そもそも静岡県議会で辞職勧告を決議した2021年暮れの段階で、自民党県議団は「川勝知事の給与、ボーナス返上だけで済まされる問題ではない」とあくまでも知事辞職を求め、給与等返上に関わる条例案の審議を拒否した。
その結果、川勝知事は静岡県議会側が条例案の審議を拒否したから、「給与等の全額返上」ができないのはやむを得ないともっともらしいストーリーをつくり上げ、この問題をうやむやにしてしまった。
ところが、ことし7月3日のNHKがうやむやになったままの問題を蒸し返すと、新聞、テレビ各社が後追いして大騒ぎとなった。
当初、川勝知事は「熟慮した結果、発言に対するけじめは知事として職責を果たすことだと思い至った」など、「給与等の返上はしない」という驚くべき方針を明らかにした。
その流れを受けた7月5日の県議会総務委員会で、自民党県議らが「知事は、この問題に対する身の処し方を県民に示すべきだ」「自らが科したペナルティーを自らが許すということがあるのか、言行不一致の由々しき事態」などと厳しく追及した。
給与等の不返上で批判にさらされた川勝知事は「(総務委員会で給与等不返上が問題だと自民党県議が指摘したことは、県議会で審議入りしたことと同然であり)条例案提出の環境が整った」という理由を挙げて、9月県議会への条例案提出を表明した。
ただどう考えても、2021年暮れの状況と事態は全く変わることなく、自民党県議団が求めているのは、川勝知事の辞職であり、給与等の返上ではない。
「条例案提出の環境が整った」と、まるで自民県議団側の姿勢が変わったかのような理由を挙げて、川勝知事が給与等返上に関わる条例案を提出したとしても、自民党県議団がすんなりと受け入れるとは思えない。
筆者は、知事が科したペナルティーがおカネの問題であるならば、給与等の約440万円ではなく、その10倍に近い4期目(2025年7月までの任期)の退職金「約4060万円」返上を求めるべきだと、7月20日公開のプレジデントオンライン「4年に1度の退職金4060万円も返納すべき…リニア妨害の川勝知事が『440万円未返納問題』で取るべき責任」で提案した。
ところが、川勝知事の過去3期の退職金を取材していくと、川勝知事の時代になってから、静岡県庁出身の副知事3人が、退職金を全額受け取っていないという驚くべき事実が明らかになった。
それも、副知事たちの退職金辞退は、川勝知事によって強制的に仕向けられた疑いが濃い。つまり、川勝知事の越権行為が疑われるのだ。
川勝知事は1期目の退職金を選挙公約に従って辞退した。それ以後の2期目、3期目の退職金をすんなり受け取ったが、その任期中に副知事3人は退職金を受け取らない不思議な事態が続いた。
本稿では、今回の給与等返上のトラブルの根底に、副知事への越権行為を疑わせる川勝知事の問題の多い政治姿勢をわかりやすく伝える。
2009年に初当選した川勝知事は、選挙公約で退職金4090万円を全額返上すると表明、そのための条例案が2012年9月県議会で可決された。
公職選挙法の規定で政治家の知事は、勝手に退職金を辞退することはできないため、特別職の条例変更で対応した。
川勝知事は1期目途中の2012年2月県議会で、これまで1人だった副知事を3人体制にすることを提案した。これに対して、公明党県議から「行政改革を推進してきた知事は退職金を辞退する決意だ。同様に、副知事の退職金を廃止すべきではないか」と迫られた。
川勝知事は「副知事が退職金を辞退することが1つのやる気の条件になる」などと応じて、副知事3人体制になれば、副知事は退職金を受け取らないとした。
この知事発言を受けて、2012年4月に副知事に就いた大須賀淑郎・元県企画広報部長は記者会見で、「自らの意思で退職金を辞退する」と明言した。副知事の任期は4年間で、退職金は約2000万円だが、大須賀氏はこれを受け取らないとした。
ところが、2年後の2014年12月県議会で、川勝知事が2期目の退職金約4060万円を受領することを表明したため、大須賀副知事に「退職金辞退に変わりないのか」と矛先が向いた。
大須賀氏は県議会で「自らの考えで退職金を辞退したが、もちろん制度上は条例化されていて、副知事の退職金は支給される決まり。退職金は法解釈上、賃金の一部であり、本来月例給で支給されるべきものを退職時に一括してもらう性質なので、後進の副知事は、私の判断に関係なく自らの判断で対処してほしい」などとあまりにも苦しい答弁をした。
公務員は法律、条例に厳格に従うはずなのに、大須賀氏は個人の意思で退職金を辞退するというのだ。
「副知事が退職金を辞退することが1つのやる気の条件」とした川勝知事が大須賀氏を副知事に指名する際、大須賀氏は退職金辞退を強制されたのではないか、と多くの県議らが疑念を抱いた。
2015年12月県議会で、桜井勝郎県議(無所属)は「知事は2014年の特別職報酬審議会の答申を受けて、退職金を受け取るとした。同様に審議会は大須賀氏にも受け取るよう答申している。大須賀氏は退職金を受け取って、福祉関係などに寄付すれば問題はない。知事が受け取れ、と言えばいい。知事次第だ」などと指摘したが、結局、大須賀氏は2016年4月、退職金を辞退した。
大須賀氏からすれば、川勝知事が2期目の退職金約4060万円を受け取ると表明するとは思いもしなかっただろう。川勝知事が退職金を受け取るのであれば、副知事である自分も退職金を受け取るのが筋だと内心では考えたはずだ。
2015年8月から2019年7月までは元県経済産業部長の土屋優行氏、2016年4月から2020年4月までは元知事戦略監の吉林章仁氏が副知事を務めている。
吉林氏の副知事人事が審議された2016年2月県議会で、川勝知事は「土屋氏とともに、吉林氏も退職金を辞退すると聞いている」などと、就任前から吉林氏の退職金辞退が既定路線となっていることを明らかにした。
このため、桜井県議は2018年12月県議会で、「退職金を辞退するということは絶対的な権力者である知事が暗に副知事を指名する代わりに退職金を辞退させる、あるいは辞退せざるを得ないよう忖度(そんたく)を誘導したとしか考えられない。まさしく今風のハラスメントと言わざるを得ない」と、退職金辞退は川勝知事から「踏み絵」を迫られたのだと批判した。
現在の副知事はいずれも静岡県庁OBの出野勉氏、森貴志氏。
森氏の場合、前任者が辞めてから1カ月以上も空白が続いた。川勝知事は調整中としていたが、実際には、退職金辞退を迫る「踏み絵」が問題で副知事の選任が遅れたのかもしれない。
現在のところ、出野、森の両氏が退職金を辞退するのかどうかははっきりとしていない。
全国的に見ても、知事が退職金を受け取っているのに、副知事が自主的に退職金を辞退している事例はない。
川勝知事と同じ2009年に初当選した山形県の吉村美栄子知事は、1期目は公約通りに退職金約3150万円を辞退した。
2期目に就いた記者会見で、「退職金をもらうつもり」と発言した報道が流れると、多くの県民が猛反発した。結局、吉村知事は退職金辞退を決めている。3期目も退職金を辞退、2021年から4期目に入ったが、現在のところ、吉村知事は態度を明らかにしていない。
同県庁OBが務める副知事たちは当然、任期4年ごとに退職金を受け取っている。
AERA.dotの記事によると、川勝知事の退職金は、神奈川県知事の約4180万円、埼玉県知事の約4090万円に次ぐ、全国3番目に高い約4060万円であり、兵庫県知事の約4050万円とほぼ同額である。
2021年8月、兵庫県知事に初当選した齋藤元彦氏は、退職金を50%減額、給料、ボーナスを30%減額にすると公約した。このため、齋藤氏の退職金は約2025万円。
兵庫県の場合、副知事の退職金は25%減額、給料、ボーナスは15%減額とする条例改正を行っている。つまり、齊藤氏に準じた形で、齋藤知事在任限りの特例を設けた形だ。
静岡県のように、知事が退職金を満額受け取っているのに、副知事はゼロという自治体は他の都道府県にはない。どう考えても、あまりにも不公平だからである。川勝知事がゼロであれば、副知事たちが知事に従ってゼロにすることは理解できるが、静岡県の現状はあまりにも異常である。
全国的に見てもこのような異常事態の中で、川勝知事が不祥事の責任を取って給料、ボーナス約440万円だけを返上する条例案を提出しても、県民は誰も納得できないだろう。
川勝知事は給料等返納の条例案提出に当たり、水面下で、事務方と自民党県議団との調整手続きがルールだと主張してきた。また、今回は、川勝知事が自ら、自民党県議団などとコミュニケーションを取るとも表明した。
自民党県議団は、給料、ボーナスの約440万円に上乗せして、退職手当約4060万円の返上も求めればいい。政治家のコミュニケーションとはそういうものだろう。
過去の副知事3人が本来受け取るべきだった約2000万円、合計約6000万円に比べれば、約4500万円が川勝知事のペナルティーだとしても決して高いものではない。
県議会が辞職勧告を決議したのに、川勝知事は辞職する意思がないことを表明、その代わりにおカネのことを言い出したのである。となれば、今回の問題はおカネの額を約4500万円に上げることで解決したほうが県民も納得できる。
———-
———-
(ジャーナリスト 小林 一哉)