「皆さん、ちょっと落ち着いてください。“一人一社一問”という話があった以上、すみません。(記者の抗議に)すごいですね。みなさん冷静に、冷静に話し合いしていきましょうね」
と壇上から記者席に呼びかける井ノ原快彦・ジャニーズアイランド代表取締役社長。2023年10月2日、東京都内でジャニーズ事務所による新会社設立についての記者会見で、欠席したジュリー藤島前社長の手紙を長々と代読した序盤から、この日の主役は彼だった。
アイドルグループV6(ブイシックス)の元メンバーであるイノッチこと井ノ原氏は、2022年9月から、前社長・滝沢秀明の退所を受け、ジャニーズJr.(ジュニア)の育成を担う子会社ジャニーズアイランドの社長に就任した。それからわずか1年だが、やはりNHKの番組「あさイチ」で有働由美子アナウンサーとコンビを組み、8年間も生放送で司会を務めたライブ感覚とMC力は健在だった。
司会者(元NHKアナウンサー・松本和也氏)に近い右側の最前列には、東京新聞の名物記者・望月衣塑子氏が座っていた。9月7日に開かれた1回目の記者会見では、ジャニー喜多川前社長による性加害のみならず、テレビ局などマスメディアと事務所の癒着についても切り込んだ望月記者は、質疑応答が始まり20分経っても最前列にいる自分が指名されないことに思うところあったのか、マイクを通さずどんどん質問を投げ始めた。その隣にいる尾形聡彦氏(Arc Times編集長)も「(質問者として)当てていただけないでしょうか」と抗議する。
「(この会見は)茶番だ!」という抗議に対し、司会者が「いいえ、まったく茶番ではございません」と返し、「フェアじゃない」「フェアです」、「(司会者は)笑わないでください」「笑ってないです」というやりとりがあるなど、テレビでもネットでも広く生中継されている会見は、混乱しつつあった。そこで井ノ原氏が、再びスピーチする。
「ちょっと一言いいですか。やはり、こういう会見の場は全国に生放送で伝わっておりまして小さな子どもたち、自分にも子どもがいます。ジャニーズJr.の子たちもいますし、それこそ被害者の皆さんが自分たちのことでこんなにもめているのかっていうのは、僕は見せたくないので、できる限りルールを守りながら……。ルールを守っていく大人たちの姿をこの会見では見せていきたいと僕は思っていますので、どうか落ち着いてお願いします」
すると、左ブロックの前から2列目に座っていた男性記者とその周辺から拍手が起きた。筆者はちょうどその前の最前列に座っていたが、その瞬間、心の底からビックリした。不祥事、ましてや人権侵害をした企業の会見で、企業側の制止に対して、記者から拍手が送られることなど、通常ありえない。
井ノ原氏のコメント内容にも驚いた。「自分の子ども」「ジャニーズJr.」という未成年、さらに被害者を盾に取り、抗議の声を封じようとするそのやり口に。「もめているところを僕は見せたくない」というお気持ち表明も、非常に偽善的で卑怯である。
例えば、もし講師による女子小学生への性加害が相次いで発覚している四谷大塚が会見を開き、加害者本人に代わって謝罪した社長や副社長が同じことを言ったらどうだろうか? 「私にも家庭に小さい子どもがいます。塾で指導している生徒たちもいます。その子たちに、もめている私たちの様子を見せたくない」と……。
そして「一人一社一問」というルールも、会見の申し込み時から参加条件のように明記されてはいたが、ジャニーズ事務所が勝手に決めたルールでしかない。百歩譲って「一社一人」というのはフェアにするためとも考えられるが、「一問」に限られると、投げた問いに対する答えが「答えになっていない」場合でも、再び質問することができない。
井ノ原氏はそんな自分たちに有利なルールの下、何度も論点ずらしを行った。例えば「(今回欠席した)ジュリー藤島前社長は、被害者救済委員会に478人(※)もの申し出があったということをなんと言っていたか」というプレジデントオンラインの質問には「ジュリーに関しましては、(自分に)会いたくない人(被害者)もいるかもしれない。ただ会いたいというのであれば、きっちり対話をしていきますと。そう言っておりました」という答えをした。ひとつの性加害事件として国内外に衝撃を与えたその数字の大きさではなく、彼らに対面するかどうかという話にすり替えたのだ。
※補償を求めているのはこのうち325人
論点ずらしの最たる場面は、「(これまでのようなマネージメントを行わず)エージェント契約とする」とした新会社で、井ノ原氏が副社長を務め、現在のジャニーズJr.のような小中学生を含むアイドル候補を育成するという発表について質問されたときだ。白坂和哉氏(フリージャーナリストで政治系YouTuber)の「前社長が多くの少年へ性加害をした事務所の後継組織が、従来どおり未成年の少年を預かって育成するならば、井ノ原さんはジャニー氏の性加害を容認しているように見える」という趣旨の質問に、井ノ原氏は「え? そうですか」「マジですか?」とくだけた口調で反応した。
「僕は(事務所の)中にいた人間なので、分からない。違うとは思うんですけども、ジャニーが一人で(ジャニーズJr.に)対面していくことはとても多かったと思います。僕はそれをほとんどしておりません。周りに何人も大人たちがいますし、(中略)いろんな人たちから情報が集まってきます。
それで『彼にはこういうものが合ってるんじゃないか』『じゃあ、ここをもうちょっと伸ばしてあげようよ』とか。それはやっぱり僕も芸能という世界でいろんなことを経験してきましたから、(中略)いろんなアドバイスができると思うんです。なので、その中で今まで僕は(ジャニーズアイランドの)社長としてやってきた。せっかく関係を築いてきたというところで、そのまま僕が新体制になった時も、副社長として、僕は東山さんを支えながら彼らの育成をやっていきたいと思っております」
社会における組織としての責任の取り方を問われたのに、組織内の論理で回答する。まさに、この日、東山社長が何度も口にし、前回で反省したはずの「内向き」の回答がまたもや出た。井ノ原氏がわざと論点をずらしたのか、質問がクリアではなく、企業ガバナンスの問題だと理解できなかったのかは不明だが、「マジですか?」という言葉には、そう言えば、質問者の問いが的外れだと受け止めてもらえるという計算が見えた。
記者の抗議について「冷静に」「落ち着いて」「もめないで」と言うのも、「記者は冷静でない」「落ち着いていない」「もめごとを起こしている」という印象操作である。ルールを守らない攻撃的な記者というヒール(悪役)に仕立てるマッチポンプのようだった。
それでは井ノ原氏が、論点ずらしと印象操作を行ってまで守りたかったものは何か。前出の回答にもあるように「副社長として僕は東山さんを支える」というロイヤルティーが、最大の動機になっていると思われる。忠誠心を捧げる東山社長が「僕の指導をパワハラと感じた人もたくさんいると思う。井ノ原にも怒ったことがある」と言ったときも、すかさず「そういう厳しさもありましたけれど、今は感謝しております」とフォローしていた。東山社長にとってみれば、こんなに頼もしい右腕はいないだろう。
9月7日に行われた1回目からずっと、ジャニーズ事務所の会見では死守されているラインがある。それはジャニー氏の性加害を認めても、事務所のガバナンスが機能していなかったことを認めても、ジュリー氏が社長を辞任しても、社名を変えても、将来的な廃業を宣言しても、その他、ありとあらゆる妥協をしても、東山社長によるセクハラ疑惑だけは絶対に認めないということである。
もちろん、今回の会見でも東山社長自身が「僕はセクハラはしていません」と明確に否定し、いくつかの告発本で書かれているように東山社長が過去にセクハラをした、または性加害を幇助したというのは事実かどうかわからないわけだが、そのことを質問すらさせないために、井ノ原氏は会見をコントロールしようとしたのではないか。
「子どもにルールを守っている大人の姿を見せたい」という井ノ原氏の呼びかけに拍手を始めた男性記者とおぼしき人物は、質疑応答が始まったときから、ジャニーズ事務所にとって鋭く突っ込む質問には「質問が長い」などと言い、望月記者や尾形氏が発言するたびに「ルールを守れよ」「手を挙げろ」と声を大きくしてヤジを飛ばしていた。
「報道記者が井ノ原氏の制止に拍手をするなんて」という意見は、ネットでも見られるが、大手メディアの記者やジャーナリストが拍手していたわけではないと思う。
事務所発表によると、出席者は合計294人。ムービー73人(29社)、スチールカメラマン54人、ペン記者167人。おそらく有力メディアはほとんど参加していたと思われるが、新聞の全国紙で質問できたのは、日本経済新聞のみ。テレビの東京キー局6社からはTBSとフジテレビのみだった。スポーツ新聞では東京中日スポーツの記者が質問したが、ジャニーズ事務所と関係の深い日刊スポーツやスポーツニッポンの記者は、指名されなかった。
実はジャニーズ事務所が関わってきた映画やドラマの制作発表会見では、あらかじめ記者に「こういう質問をしてください」というリクエストをされることがある。筆者は事務所から言われたことはないが、テレビ局や映画製作会社の宣伝担当からキャスト全員に質問が行き渡るように依頼されたことがあり、質問そのものを書いた紙を渡されたこともあった。もちろん、その場合は、司会者に筆者の座る位置などが伝えられており、必ず指名されることになる。
そんな出来レースはエンタメにおいてもあってはならないのかもしれないが、今回は、この日、会見内容を事前にスクープした日経新聞の記者のみが全国紙の中で当てられるなど、絶対にあってはならない報道の現場で、それが起きているようにも感じた。
そんな中でも、核心を突く質問をあきらめずに手を挙げ続けた人もたくさんいた。「ジャニー喜多川氏による性加害が、事務所が少年たちを奴隷化する手法として利用されていたのではないか」というIWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)の質問は、東山社長に向けられたものであり、東山社長が「僕は見て見ぬフリをしたと言われたら、それまでだ」と言った後に、井ノ原氏がまたすかさずフォローした。
「絶対的な支配の中にいたんだと思います。それは巧妙な手口だと思います。だから、僕ら子どもたちが気づかぬうちにそういう支配下にあり、その当時いた大人たちもそういう人がたくさんいたのかもしれません。その本当に得体も知れない恐ろしい空気感というものを僕は知っています。きっと東山さんも知っていると思います。『こうなったらどんどんおかしなことになっていく』というのを肌で感じていると思います。
そして、やっぱり被害者の皆さんは今までやはり声を上げられなかった、それぐらい強いものだったと思います。だから(中略)一人が勇気を出してくれたおかげで何人もの人たちが告発できたんだと思いますし、それを無駄にしてはいけないと思っております」
つまり井ノ原氏が言いたいことは、ジャニー喜多川氏存命中は「得体も知れない恐ろしい空気感」があり、事務所が「どんどんおかしなことになっていっていた」ことを認めるが、被害者に対しては補償をするので、東山社長の責任は問わず、これ以上ほじくらないでくれということではないか。
さらに、同日、井ノ原氏と同じグループV6のメンバーであった岡田准一氏が退所することが発表され、「彼とは連絡を取っている。応援したい」とコメントしていたが、そのことを連想したのか、井ノ原氏は最後にこうコメントした。
「タレントたちみんなが(中略)そういう支配の中で被害を受けたから、彼らが活躍して生き残ってきたとはやっぱり僕は思えない。本当に共に死ぬ気で頑張ってきたし、やっぱりすごい奴は本当にすごいなって思います。それは横で見ていて思います。だから生き残ってる、だから芸能界で頑張ってるんだっていうのは、(中略)誰もが実力を認めている部分が大きくあると思います。やっぱり遅かれ早かれ、そこに向いてない、他の世界ではいいかもしれないけど、その世界で向いてない人は、やっぱり長くは活躍できなかった」
これまでの被害者の告発では、アイドルを目指してジャニーズ事務所に入ったが、ジャニー喜多川氏に性加害をされ耐えられなくて辞めた人が多く、また辞めてから他の事務所などで活動しようとしたところ、なんらかの圧力がかかって活躍できなかったという話もあった。そんな中「芸能界に向いてない人は長くは活躍できない」と言ったのは失言だったのではないか。
図らずも最後に井ノ原氏の中にある「生存者バイアス」と「内向きの論理」が露呈した。今回、彼は自分の才覚で会見をコントロールできると思ったのかもしれないが、ネット上にも動画が残り、たくさんの人が何度も検証できる時代に、その場だけの“演出”は通じない。そんな甘さのある彼が、完全にクリーンに運営しなければならない新会社の副社長でいいのか。はなはだ疑問に感じた会見となった。
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(ライター 村瀬 まりも)