工藤会への恐怖、消えない被害者…「何か異変は」「遠出の予定は」警察の厳戒態勢続く

福岡県警が特定危険指定暴力団工藤会(本部・北九州市)の壊滅に向け、摘発とともに力を入れてきたのが、襲撃される恐れがある市民を守る保護対策だ。県警が2013年に市民保護の専従組織「保護対策室」を設置して今年で10年。翌14年9月に頂上作戦に着手して以降、保護対象者への襲撃事件は起きていないが、県警は今後も市民の安全確保を徹底し、暴力団の取り締まりを強化する方針だ。

「何か異変は?」「遠出の予定は?」
北九州市の70歳代男性宅には、県警から定期的に電話がかかってくる。男性は工藤会によるとみられる事件の被害者で、約10年前から保護対象になっている。
県警によると、対象者の警戒は24時間態勢で行う。自宅や職場周辺のパトロールに加え、自宅に防犯カメラを取り付け、緊急時に駆けつけられるよう全地球測位システム(GPS)付き通報装置を渡している。
県警は「プライバシーが侵害される」と抵抗感を持つ対象者との信頼関係の構築に努め、パトカーによる巡回強化なども進めた。
男性が事件の裁判で証人として出廷した際は、警察車両で裁判所まで送迎した。自宅から大通りに出るまで数か所ある交差点ごとに警察官が立つ厳戒ぶり。今も外出時は家族も含め通報装置を携帯する。男性は「自分のためにここまで警戒してくれるのかと驚いた。それでも工藤会への恐怖は消えず、壊滅まで保護を続けてもらいたい」と話す。

市民の保護対策について、県警は模索を続けてきた。
11年12月には暴力団対策身辺警戒隊(数十人)を発足させたが、常設ではなかった。翌12年に入っても、北九州市で飲食店への放火や従業員らに対する切りつけなど市民を狙った事件は続いた。捜査を進めるには市民の協力が不可欠だが、報復への恐怖から口を閉ざす人も少なくなかった。
そこで県警は13年3月、市民を守る専従組織として、組織犯罪対策課に「保護対策室」を設置。武道などにたけた約100人態勢で、対象者の選定を行う保護企画係や警備にあたる襲撃抑止対策係なども置いた。
しかし、対象者の親族が狙われる事件にも直面した。同市小倉北区の駐車場で14年5月、歯科医師の男性が刃物で胸などを刺され重傷を負った。工藤会トップで総裁の野村悟被告(76)(1審で死刑判決、控訴中)が問われた四つの市民襲撃事件の一つだ。
男性の祖父は、1998年に同会系組長に射殺された元漁協組合長。父親は地元漁協の幹部で保護対象となっていたが、男性は対象ではなかった。県警幹部は「どのように保護していくのかノウハウが固まっておらず、守り切れなかった」と唇をかむ。
県警によると、県内で12~14年に市民襲撃事件は計20件起きた。だが、頂上作戦以降は、摘発した同会系組幹部らへの捜査を踏まえて過去の襲撃時間や場所などを分析し、その傾向も参考に保護計画を立ててきた。作戦後の市民襲撃事件は16、18、21年の各1件で、いずれも工藤会は関わっていないとみられる。

頂上作戦に伴う公判が続き、県警が特に力を入れたのが裁判の証人保護だ。
野村被告とナンバー2で会長の田上不美夫被告(67)の1審では被害者ら延べ91人の証人尋問が行われた。証人の保護対策を実施する中で、被告側に不利な証言をしないよう威迫した容疑で同会系組長を逮捕したこともあった。
野村被告は死刑判決の後、裁判長に「生涯後悔するぞ」などと発言し、県警は裁判に関わった司法関係者らの身辺警護を強化した。県外に住む対象者については、現地の警察と情報共有して警戒を続けている。
野村、田上両被告の控訴審は福岡高裁で13日に始まる。保護対策室の川添孝二室長は「あらゆる想定をして不測の事態が起きないようにしたい」としている。

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