8月24日に始まった東京電力福島第1原発の処理水海洋放出による被害について、東電は2日、賠償手続きの受け付けを始めた。中国の日本産水産物の輸入停止に伴い各地で損害が生じており、先行して賠償金が支払われたケースもある。だが、原発事故による損害賠償を巡っては、これまでも折り合いがつかないケースがあり、水産関係者や識者からは「妥当な賠償をスムーズに受けられるのか」と懸念の声が聞かれる。
2日朝、宮城県石巻市のJR石巻駅から約300メートルのビル1階に「東京電力 石巻相談窓口」と掲げられたスペースが開設された。東電によると、平日午前10時~午後4時に東電仙台事務所の社員3~4人が常駐する。予約制で賠償請求書の作成や新たな販路開拓の支援にも対応するという。
石巻相談窓口は宮城県北部の事業者を対象とする。仙台事務所の太田忠副所長は「新たな窓口開設で、より迅速に対応できるようになり、事業者の元に出向くこともできる」と話した。
中国は8月24日以降、水産物の輸入規制の対象を10都県から全国に拡大した。2022年の中国向け水産物の輸出額は全体の約2割で、影響は全国に及ぶ。
東電は年内に約600人増やして1000人規模のスタッフで賠償対応などに当たる。相談窓口は今後、北海道や関西、九州での開設も予定している。中国への輸出が多いホタテやナマコなどについて9月末までに約200件の相談があった。11月20日から請求に必要な書類を発送するが、早期の賠償を求められた数件については、既に賠償金を支払っているという。
しかし、原発事故後の損害賠償を巡っては、これまでも事業者が不服を申し立て、東電を相手に裁判になるケースが相次いだ。
ホタテ加工会社など約30社が加盟する北海道紋別市水産加工業協同組合の担当者は「在庫がたまり経費だけが増え続けている。経営が持つうちに適切な賠償を受けられるのかという声が上がっている」と訴える。
賠償請求は各事業者が個別に行う予定だが、資料作成は煩雑で、東電と交渉するノウハウもないことから、組合は道に対して、事業者をサポートするための専門家の派遣を求めている。
担当者は「そもそも賠償基準を東電が決めていることに納得がいかない。なぜ被害を受けた事業者が損害額の証明作業に追われなければならないのか。国が算出して、東電に請求するのが筋だ」と語気を強める。
一方、買い手がなく大きな値崩れが見込まれるとして中止された青森県横浜町の大規模なナマコ漁については、県漁業協同組合連合会が一括で東電との賠償交渉をすることにしている。
被害を受けているのは水産関係者だけではない。
福島市が市内の宿泊施設に聞き取り調査をしたところ、1施設で海外からの団体客の予約が100人以上キャンセルされた。福島商工会議所の加盟社へのアンケート調査でも、製造業や卸売業などの5事業者が、コンテナへの積み込み後に商品の輸入がキャンセルされるなどの被害を受けていたことがわかった。
北海学園大の浜田武士教授(水産政策論)は「東電は賠償額を抑えたいはずだ。団体単位ではなく、水産加工業など個別に請求しなければならない中小企業が弁護士を付けられず泣き寝入りするケースが出てくる可能性もあるだろう」と危惧する。【尾崎修二、肥沼直寛、百武信幸、佐久間一輝】