「とうとうこの日が来た」 復興と風評、複雑な思い 処理水放出で福島漁業関係者

「とうとうこの日が来た」。東京電力福島第1原発処理水の海洋放出が始まった24日、福島の漁業関係者らは複雑な思いで当日を迎えた。原発事故から12年余り。福島の復興に欠かせない廃炉のプロセスは大きな節目を迎えたが、風評被害の懸念は今も払拭されていない。
「これより海水ポンプを起動します。3、2、1」。午後1時すぎ、原発敷地内にある免震重要棟で、運転員の合図の下、遠隔操作による放出が始まった。初日の放出作業の様子はライブ中継され、2人の運転員が画面上で放出状況を何度も確認し、「異常なし」などと声を交わす様子が映し出された。中継は30分程度で終了し、東電社員らが固唾をのんで見守った。
親潮と黒潮が交わり、プランクトンが集まる福島県沖は豊かな漁場で知られる。水揚げされた魚は東京・築地などで「常磐もの」と呼ばれ、特に人気がある。
福島県いわき市の漁師、志賀金三郎さん(76)は、小名浜港で9月1日から解禁される底引き網漁の準備に余念がない。作業の最中、「とうとうこの日が来たか…」とつぶやき、「頭の中では安全だと分かっていても、やはり何が起きるか分からない不安もある」と複雑な表情を浮かべた。
別の男性漁師(59)は「処理水放出がいくら復興のためといわれても、自分たちは今の生活のために海に出なければならない。復興か風評か、二者択一で割り切れる問題ではない」と話し、ジレンマを抱える胸の内を明かした。
放出に反対する中国は、放出前にもかかわらず、水産物の輸入規制を強化したが、EUは今年7月、日本産食品の輸入規制の完全撤廃を決めた。まだ温度差はあるが、国際社会は風評阻止に向けた取り組みで一致しつつある。
岸田文雄首相は「数十年の長期にわたろうとも、政府として責任を持って対応する」と強調した。海洋放出は廃炉が完了する30~40年後まで続く。国内外の不安解消に粘り強く取り組む覚悟が求められる。(白岩賢太)

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