東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡り、SNS(ネット交流サービス)上でも日中間の亀裂が深まっている。中国では「小日本」「汚染水」などの表現で日本を非難する書き込みが相次ぐ一方、日本では「中国人へのビザ発給を停止すべきだ」などと反発する投稿も。日中関係に詳しい専門家は双方のネットユーザーに「冷静に対処してほしい」と呼びかける。
過熱する投稿、相談200件超
処理水の海洋放出が始まった24日以降、福島県内の公共機関や飲食店などには中国から発信されたとみられる嫌がらせ電話が殺到。警察庁は29日、官公庁や民間事業者などから寄せられた相談が31都府県警で計225件(28日正午現在)に上ると明らかにした。
こうした中、東京都内の飲食店が店先に「中国人へ。当店の食材は全て福島県産です」などと書いた看板を掲示し、これに対して「自分は中国人だ」と名乗る男性が抗議する動画が中国のSNSに投稿されて日中双方で拡散した。
動画内では、投稿者がスマートフォンで110番し、駆け付けた警察官に「これは国籍差別につながる」「消してほしいんですよ」などと日本語で抗議。その後、飲食店の店主とみられる人物が看板を書き換え、「毎日夕方書き換えるから。ごめんね」などと話す様子も収められている。
この動画を巡っては「これは、新たな中国人排斥でしょう」などと店側の看板を非難する投稿がある一方で、「これがどう排斥になるの?」「客を選ぶ権利はお店にあります」などの反応もあった。
なぜ、嫌がらせ電話が相次ぐのか
「過去にも中国国内で反日デモが起きました。しかし、中国人が海を越えて日本人に対して直接抗議行動を起こすのは初めてではないでしょうか」と話すのは、東京大の園田茂人教授(中国社会論)だ。
中国では2005年や12年に大規模な反日抗議デモが発生し、一部が暴徒化した。
今回はなぜ、中国からの嫌がらせ電話が相次いでいるのか。園田教授は、処理水を巡る日本側の対応を非難する中国政府の強い姿勢が背景にあり、抗議活動が活発化していると指摘。更にSNSが発達し、抗議の様子を撮影した動画をインターネット上で共有できるようになったため、「日本をさらし者にしてやろうという心理で行動している人たちも多いのではないでしょうか」と分析する。
園田教授によると、中国国内では一種の正義感から、SNS上で犯罪者らを特定し、非難する行為が日本以上に日常化しているという。
「抗議電話をかけている人たちの『中国側が一方的に善であり、日本側が悪である』というフレームは、処理水を巡る日本政府の対応を非難する中国政府の姿勢とよく似ています。そうした正義感に駆られた人々が自発的に行動し、抗議電話をかけているのではないでしょうか」
「一歩引いて対応して」
日本政府は中国政府に対し、嫌がらせ電話や迷惑行為に対処するよう求めているが、中国側は日本を非難する姿勢を崩していない。
相次ぐ嫌がらせ電話やSNS上での非難の応酬を解決する糸口はないのだろうか。園田教授は、日中の主張が平行線をたどり、現在の対立状態が長期化する可能性もあるとしつつ、「日本側は、国際社会との対話を継続し科学的な根拠を基に丹念に理解を求めていく姿勢を継続していくべきでしょう」と指摘する。
その上で、「日本側から見れば、中国の人たちがなぜ抗議電話をするのか理解しがたいと思いますが、過去のデモの例を見ても、過熱した中国のネット上の反応は、やがて収縮していくことが予想されます。クレーム処理にも似ていると思いますが、嫌がらせ電話やSNS投稿に対しては、まずは一歩引いて落ち着いて対応することが大切です」と話した。【金森崇之】