8月24日から福島第一原発にたまった放射性物質を含む処理水の海洋放出が始まった。その直後から、お隣中国では日本への嫌がらせがスタート。しかし反発の一方で、お金持ち中国人の日本産への愛着も……。中国社会に詳しいジャーナリストの高口康太氏が、緊急取材した。
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系列店には10回以上もイタズラ電話がかかってきた
福島原発の処理水の海洋放出が24日から始まると、中国政府は日本産水産物の全面禁輸及び水産加工品の購入や使用の禁止という強硬手段に打って出た。中国メディアは子々孫々にまで禍根を残す“悪行”だと日本を批判している。この報道ラッシュに釣られるように、一部中国人が暴走し、日本人学校への投石や日本の飲食店や自治体への国際イタズラ電話という犯罪行為にまでエスカレートしている。
「うちにもイタズラ電話がありました。罵倒を一方的にまくしたてられました。系列店には10回以上もかかってきましたね」
北京で複数の日本料理店の運営管理をサポートする日本人のA氏は嘆く。処理水放出直後の週末の売上は前週比で3割減と落ち込んだ。
「とはいえ、お金持ちが多く教育水準も高い北京はまだましですよ。田舎の人のほうがもっと煽られやすいですから」(同前)
デマに踊らされた人々が塩の買い占めに走る
上海の日本人大学教員にも聞くと、
「同僚や学生と処理水の話題になったことはない。日本人がいる場で傷つけないようにと配慮できる人たちなので。影響といえば、中国人の親戚が塩を4袋ぐらい買ってきて、がっくりしたぐらいでしょうか」
処理水放出の影響は思わぬところにも及んでいる。塩の買い占めもその1つだ。汚染によって海水塩がなくなるのではないか、中国の塩にはヨウ素が添加されているため甲状腺ガン予防に役立つ、などというデマに踊らされた人々が買い占めに走った。海はつながっているので中国産水産物を買い控える動きも広がっているという。
騒ぎが収まるまでは日本料理店には行きづらいが…
一方で、
「やはり日本で食べる寿司は格別だね。旅行に来られて良かったよ」
そう話すのは日本を旅行中の60代の中国人共産党員のLさん。中国北部の地方官僚を勤め上げたが、海外へ高飛びしないよう、定年後も3年間は海外旅行が禁じられていた。中国セレブが念願の初海外旅行に選んだのは、妻から素晴らしいと聞いていた日本だった。日本の海産物を食べるのが旅行の目的の1つだったというが、処理水問題は気にならないのか。
「いま店に並んでいる魚は放出の影響を受けていないだろうし心配はない。今後も先進国の日本で提供されている魚なら不安はないよ」(同前)
と気にしていない様子だった。ただし、こう続ける。
「残念ながら日本料理は中国では食べられなくなる。輸入禁止もそうだが、周囲の目がある。騒ぎが収まるまでは、日本料理店には行きづらい。でも、いつでも日本に来られるようになったので、気にはならない。旅行に来て寿司をたくさん食べればいいから」
と爆買いならぬ爆喰い宣言まで飛び出した。
別の騒ぎに注目が移れば、自然と忘れられてしまうのかも
広東省で日本料理店を営む日本人のB氏も「体面」の影響は大きいという。
「中国人全員がパニックではないですが、社会的圧力はあります。うちの店も“日本産食品を扱っていません”との貼り紙を出しました。他の店がみんなやっているので、やらないわけにはいかないのです」
中には「日本産は“これまでも”使っていません」という、本当に日本料理店なのか不安になる豪快な店もあるのだとか。
「騒ぎ疲れたころに別の騒ぎに注目が移れば、自然と忘れられてしまうのかもしれませんが」(同前)
日本政府の抗議などあてにならない。中国の日本料理関係者の頼みの綱は、次なる炎上騒ぎだけというわけだ。
(高口 康太/週刊文春 2023年9月7日号)