100年前の関東大震災の直後に起きた朝鮮人の虐殺を描いた絵画をスライドなどで紹介し、未来への教訓とする講演会が9月30日、富山市内で開かれた。講師は、長年同様の絵画を収集する元専修大教授、新井勝紘さん=東京都福生市。子供たちの目に焼き付けられた凄惨(せいさん)な場面を前に「二度と子供たちにこのような絵を描かせることがあってはならない」と訴えた。
新井さんは、1990年代に在職した国立歴史民俗博物館(千葉県)で日本近代史の常設展示を手がけたのをきっかけに、この問題に取り組んでいる。この日は富山の市民グループ「関東大震災『あなた』と『わたし』実行委員会」が主催。歴史的事実を否定する動きが高まる中、関東大震災100年を機に、歴史認識を現代人の課題として考えようと企画した。
講演ではまず、絵画収集のきっかけである、現在の東京都墨田区にかつてあった本横小の4年生の男子児童が描いた絵画を紹介。芋畑の中で朝鮮人とみられる男性が大勢の制服姿の男性に捕らえられている様子が色鉛筆で描かれている。新井さんが当時、一緒に絵画を描いた人を探し出し、制作の経緯を尋ねたところ「一番怖かったこと」がテーマだったといい、「子供たちにとっては、火災や倒壊などよりも、大人たちの集団虐殺の方が怖かったのだろう」と子供の心に残した傷痕の大きさに思いをはせた。
童画作家、河目悌二氏(1889~1958)が描いたスケッチについても説明。大勢の人々が見ている前で、竹やりとみられる棒を持った群衆が後ろ手に縛られた数人の朝鮮人とみられる人々を襲い、何人かが血を流して倒れているスケッチでは、襲撃に加わっているとみられる民間人の姿もあり、新井さんは「公衆の面前で、官民一体となって虐殺が行われたことを示す」と解説した。
また、2021年に入手した全2巻の「関東大震災絵巻 大正15年肉筆 淇谷(きこく)」では、裸足の人物があおむけに倒れ棒を持った軍人らしき人物に蹴られたり、手に刀や棒を持った二十数人の警察官や軍人らに囲まれたりしているのが見える。その先では、3人が血を流して倒れ、1人は背中に竹やりが突き刺さったまま。その残酷さは目を覆いたくなるほどだ。
この絵巻は12月24日まで、東京都新宿区の高麗博物館の企画展「関東大震災100年―隠蔽(いんぺい)された朝鮮人虐殺」(月曜休館)で展示中だが、国内の公立博物館などではどこも展示が実現していないという。実行委の呼びかけ人、甲田克志さんは「朝鮮人虐殺をなかったことにしようという圧力をひしひしと感じた。この動きとどう向き合えばいいのか考えるきっかけにしてほしい」と話した。【青山郁子】