※本稿は、上昌広『厚生労働省の大罪 コロナ対策を迷走させた医系技官の罪と罰』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
新型コロナでチャンスが到来したのは医系技官だけではない。独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)など、患者の受け入れに手を挙げた病院の経営者は、補助金バブルに沸いていた。第一線で新型コロナの患者の治療に当たった医師や看護師などの医療関係者は、感染者が膨大に増える度に大変な思いをしていたが、不眠不休で働いた医療者にきちんと報酬が行き渡っているのかも気になるところだ。
新型コロナ用の病床確保策として、2020~21年度、政府は新たに病床を確保した病院に重症者向けなら1床当たり1500万円、中等症以下なら450万円の補助金を出した。緊急事態宣言が発令された都道府県では1床当たり450万円が加算された。
2022年度になっても、新たに新型コロナ即応病床を追加した病院には、1床当たり450万円が支給された。そのうえ、「病床確保支援事業」として新型コロナ専用病床として確保しているのに患者が入らなければ、一般病床で1床当たり1日約7万円、ICU(集中治療室)なら1床につき約30万円の補助金が出る仕組みになっていた。国民がコロナ不況や物価高騰にあえいでいるというのに、公的な大病院など新型コロナ関連の補助金を受け取った経営者たちは、かつてないほどの規模の補助金バブルにほくそえんでいたと思われる。
それでも新型コロナ治療の最前線に立って積極的に重症や中等症の患者を受け入れたというのなら、非常時であり税金から補助金をつぎ込んでも仕方がないと考える人も多いことだろう。しかし、国立病院機構やJCHOの病院、大学病院の中には、補助金を受け取っていながら、積極的に新型コロナの患者を受け入れなかった病院も少なくないようなのだ。
JCHOは、以前は社会保険病院、厚生年金病院などと名乗っていた旧社会保険庁傘下の病院群で、北海道から九州まで全国57病院を経営している。
デルタ株が出現して全国的に感染者が急増して、自宅待機者があふれた2021年夏の第5波の際には、JCHOは関連施設の約6%しか新型コロナ専用にしていなかったばかりか、その4割程度しか患者を受け入れていないことが発覚した。例えば、同年7月31日の新型コロナ受け入れ患者数は345人で、新型コロナ受け入れ病床の42%しか埋まっていなかった。このことは、補助金を搾取する「幽霊病床」として、各メディアがJCHOの理事長だった尾身茂氏を一斉に批判したので、ご記憶の方も多いことだろう。幽霊病床とは、実際には補助金をもらっているのに患者は受け入れていない病床のことだ。
批判を受けて厚生労働省は10月に、「適切に患者を受け入れていなかった場合には、病床確保料の返還や申請中の補助金の停止を含めた対応を行う」などと明記した通知を出し、同じ月に新内閣を発足させた岸田文雄首相は、「幽霊病床の見える化」を宣言した。
しかし、事態は大きく変わらず、患者を積極的に受け入れたとは思えないJCHOに補助金は投入され続けた。感染力の高いオミクロン株に置き換わって感染者が急激に増えた2022年夏の第7波の真最中の8月3日に医療ガバナンス研究所で調べてみたところ、JCHOの57病院の即応病床数1085床中患者を受け入れていたのはその72.4%に当たる786床に過ぎなかった。同じ時期に即応病床の125%患者を受け入れていた病院もあるというのに、JCHOが72%というのはあまりにも寂しい。
仮に、医師や看護師などの医療従事者の中に多くの感染者や濃厚接触者が出て、患者を受け入れられなかったなどの理由があったのであれば、使わなかった補助金は即刻返還すべきだ。じゃぶじゃぶと補助金だけが注ぎ込まれ、感染者が増えたときに患者を受け入れていなくても返納されない仕組みを作った厚生労働省も批判されるべきだろう。何しろJCHOの47病院へ2020年度に国や自治体からつぎ込まれたコロナ関連補助金は約324億円、2021年度はさらに増えて約569億円に上った。新型コロナに国民が苦しんだ2年間でJCHOの内部留保は預貯金と有価証券を合わせて1881億円に膨れ上がっている。
内部留保があまりにも多額になると、国民の税金から捻出された補助金が使われていないのがばれてしまうと上層部が恐れたのか、JCHOの病院に勤めるA医師は、2022年の夏、上司から「必要な備品は何でも申請するように」と声をかけられたという。A医師は、以前から欲しかったが高額なので無理だと思っていた約500万円の手術器具の購入を申請した。このように、新型コロナ補助金が目的外に使われた恐れもある。
医療機関には、「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金事業(病床確保事業)」として、都道府県を通じて国から補助金が支給されていた。これは、JCHOの病院に限ったことではないが、国や政府機関の決算、国の補助金などの会計検査を行う会計検査院の調査では、2021年度までに総額約55億円の過大支給があったことが判明した。
ベッドが空いていないのに、「空床」として受給していたケースが、9都道府県32医療機関で約24億円に上ったという。この補助金の支給額は1床(ベッド)当たりICU(集中治療室)で30万1000円/日、HCU(高度治療室)で21万1000円/日、その他は7万1000円/日と、重症患者を受け入れる病床かどうかで金額が異なっていた。本当は「その他」なのに、「HCU」と偽って受給したケースも3都府県4医療機関、約31億円もあったことも確認された。最も過大請求が多かったのは、神奈川県川崎市にある関東労災病院で、約22億円も多く補助金を受給していたというのだから悪質だ。同病院は過大請求分は既に返金しているという。
関東労災病院は、厚生労働省が管轄する独立行政法人労働者健康安全機構が運営する病院の一つ。もともと財団法人が運営していたが、2004年に独法化された。業務上の事由、通勤時の負傷などいわゆる労災の治療だけではなく、地域の中核病院として一般診療やリハビリなども行う公的病院の一種だ。ただでさえ潤沢な補助金が投入されているのに、過大請求をするとは、許しがたい。
会計検査院は、全国の496病院の確保病床の平均病床使用率を調べ、「新型コロナウイルス感染症患者受入れのための病床確保事業等の実施状況等について」と題した報告書を2023年1月に公表している。この調査によると、2回目に緊急事態宣言が発令され、入院患者数が1万4417人と最も多く医療提供体制の逼迫(ひっぱく)が伝えられた2021年1月の確保病床に対する平均病床利用率は51.2%だった。3回目緊急事態宣言の期間中で入院患者数が2万4126人と最も多かった同年8月の確保病床に対する平均病床利用率は56.1%、その後で2022年3月までの間で最も入院患者数が2万9233人と多かった2022年2月の平均病床利用率は58.1%で、いずれも病床が逼迫していないことが分かる。
都道府県によって逼迫状況が異なった可能性もあるが、確保病床の病床利用率が50%を下回った病院が、2021年1月には全体の43.1%を占める197病院、同年8月には136病院(28.5%)、2022年2月には136病院(27.5%)もあった。「医療が逼迫する」と国民を脅して緊急事態宣言を出していたというのに、実際には補助金が投入された医療機関が患者を受け入れていないことになる。
ところが、同検査院が、全国で病床が逼迫していた時期に患者の受け入れが50%を下回った医療機関に対して実施したアンケートの結果では、その9割の医療機関が「調査対象年月の1カ月間で、都道府県調整本部、保健所、救急隊等(以下、都道府県調整本部等)からのコロナ患者等の入院受入れ要請自体が少なかったため」と回答した。しかもその約7割は「都道府県調整本部等からの要請を断ったことがない」というのだから、単に補助金をばらまくだけで、患者の入院調整が上手くいっていなかったのかと思わざるを得ない。
それから、空港や港の検疫所で新型コロナの感染が判明した患者の医療費を国が負担する措置に対しても、17医療機関で、本当は請求してはならない消費税相当額として4258万円が過大請求されたことも分かっている。検疫所側にも、国民の大事な税金を扱っている緊張感が足りないとしか言いようがない。
過大請求とされていない補助金の中にも、本来は支払われる必要のないものがあったのではないだろうか。もっと早い段階で、新型コロナをポリオや結核などと同じ「2類相当」から、季節性インフルエンザなどと同じような位置付けに移行し、軽症の人は通常の保険診療で外来治療をして、特に集中治療が必要な中等症・重症患者だけ入院させていれば、無駄な補助金を医療機関に支払い続けることもなくて済んだはずだ。
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(医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広)