「あれを科学と言ってはいけない」地震学者が告発!「南海トラフ地震の発生確率70~80%」のいかがわしさ《政府が確率を“水増し”》

「科学的に問題がある」――地震学者たちは70~80%の確率を算出する計算式を一度は不採用にしようと考えた。そこで確率の発表方針を決める政府の会議が開かれたが、行政側の思惑もあり、結果は思わぬ方向に進んでいく……。「南海トラフ地震」の確率ばかりが「えこひいき」される理由とは?
科学ジャーナリスト賞受賞の東京新聞連載を書籍化した新刊『 南海トラフ地震の真実 』の著者で東京新聞社会部科学班記者・小沢慧一氏が、本書の内容を基にした特別寄稿をお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
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水増しされた「南海トラフ地震の確率」
取材は、地震学者からの衝撃的な「告発」ではじまった。
「南海トラフ地震の確率だけ『えこひいき』されていて、水増しがされています。そこには裏の意図が隠れているんです」
告発してくれたのは名古屋大の鷺谷威(さぎや・たけし)教授。鷺谷氏は南海トラフ地震の発生確率の検討に加わった政府の委員会の委員だ。
「南海トラフだけ予測の数値を出す方法が全国と違う。あれを科学と言ってはいけない。地震学者たちは『信頼できない』と考えている。他の地域と同じ方法にすれば20%程度にまで落ちる。同じ方法にするべきだという声は地震学者の中では多い。だが、防災対策を専門とする人たちが、『今さら数値を下げるのはけしからん』と主張している」
30年で何%という確率(30年確率)は、政府の「地震調査研究推進本部」(地震本部)が発表している。南海トラフ地震のようなプレート境界で起きる「海溝型地震」は全国6カ所で確率を出しており、算出には過去の地震の発生間隔を平均して割り出す「単純平均モデル」という計算式が使われている。だが南海トラフ地震だけは「時間予測モデル」という特別な計算式が使われているのである。
確かに2013年に発表された報告書を見ると、時間予測モデルで計算された高い確率は「主文」という、序盤の最も目立つページに書かれている。一方20%という数値はずっと後段の「説明文」のページでやっと登場する。報告書とは別に準備されている概要資料には20%の数字はなく、発表時の記者会見でも説明はなかった。「隠している」と言われても仕方ないだろう。
私は地震本部の事務局である文部科学省に情報公開請求をし、どのような検討がされたのか議事録で確かめてみた。
地震学者が採用を猛反対
南海トラフ地震の30年確率は2001年(01年評価)と、東日本大震災以降に更新された2013年(13年評価)にそれぞれ発表されている。時間予測モデルは01年評価から採用されているが、当時は同モデルに対して大きな批判もなかった。
しかし13年評価では検討委員の地震学者から「やり方一つ変えれば(南海トラフの30年確率は)20%にもなる数字だ」「時間予測モデルに対する批判や検証が必要だということは研究面からいろいろ出てきている」「サイエンスの議論をさせてもらうのであれば、(時間予測モデルを使うのは)妥当ではないと思う」と多くの批判が出た。
地震本部は大きく地震学者で作る「地震調査委員会」(地震学側)と防災の専門家や行政担当者などで作る「政策委員会」(行政・防災側)の二本柱で成り立っている。
地震学側は、一度は時間予測モデルを不採用にし、新たな30年確率は単純平均モデルで計算する方向でまとまった。だがそれは確率が20%に低下することを意味する。30年確率は原則、地震学側だけで検討・公表するが、このときは行政・防災側にも意見が諮られ、「待った」がかかった。
行政側は「防災予算獲得の影響」を懸念
行政・防災側の委員らを交えた会議で地震学側の提案は大きく2案。主文で時間予測モデルの高確率と単純平均の低確率の両方を載せる「両論併記」案と、時間予測モデルで出した高い確率だけを載せる「高確率案」だ。
時間予測モデルは仮説のため、「科学的に問題がある」と言っても「完全に否定できる」とも言い切れなかった。地震学側はほぼ全ての委員が、高確率を排除するのではなく安全側にも立った「両論併記案」が最も適切だと主張していた。
会議では当初、高確率案は低い確率を「隠した」と見られる恐れがあるとの意見から、「両論併記」が有力だった。だが「われわれ防災行政をあずかっている者」と名乗る委員の発言で潮目が変わる。
「確率を下げると『税金を優先的に投入して対策を練る必要はない』『優先順位はもっと下げてもいい』と集中砲火を浴びる」。同調するようにこんな発言もあった。
「何かを動かすときにはまずお金を取らないと動かない。これを必死でやっているところに、こんな(確率を下げる)ことを言われたら根底から覆る」
確率低下が予算獲得を招くと述べる委員らの発言に、確率が科学的根拠に基づくべきだという配慮は見当たらなかった。せめて「参考値」として低確率を載せるという提案にも「(低確率を出したら)確率はこんなに下がると新聞の見出しに取られると覚悟して」「拒否権があるなら行使する」と猛烈に反対した。
議論が荒れたタイミングで、地震学側トップの地震調査委員長である本蔵義守(ほんくら・よしもり)東工大特任教授(政策委員兼務)が、「この議論は今、結論を出す必要はないのではないか」と割って入った。そして「地震本部としてこの問題を集中的に調査研究すべきで、その結果を受けて、これを検討し直す」と、従来通り低い確率を出さない高確率案を推した。
高確率案を選択した際の委員たちのリスクは、後で発覚したときにマスコミに「低い確率を隠した」と騒がれることだった。そのため、バレた時に最も矢面に立たされる本蔵氏自ら高確率案を選んだことから、他も「それならば」と高確率案に流れた。声の大きさが話し合いを決することはどんな会議でもままあるが、この議論でもそんな印象を受けた。
本蔵氏に取材を要請するも「当時のことははっきり覚えていない」
「地震本部で集中的に調査研究を行う」と発言し議論を収めた本蔵氏だったが、その後地震本部で時間予測モデルの調査研究が行われた事実はない。2023年に取材を要請すると本蔵氏は「当時のことははっきり覚えていない」と断った。その場限りの対応で議論の幕引きをはかったと批判されても仕方ないだろう。
不思議なのは、議事録を読む限り両論併記案と高確率案は賛成反対の数が拮抗しているのに、なぜあっさりと結論を出すことができたのかだ。事務局を務めた元地震調査管理官の吉田康宏氏は当時のことを「会議の前に本蔵氏と、政策委員長と事務局とで打ち合わせをし、高確率案が落としどころになるだろうと話し合っていた」と明かす。
吉田氏は「打ち合わせで結論を決めたわけではない」と断るが、確率を下げた場合、行政側から、防災計画を練り直すことになったり地震対策の予算が減るなどの影響が出たりして困るという苦情が出る可能性があり、「懸念」があったと振り返った。
会議中もそうした懸念があったのだろう。本蔵氏が地震学側の総意とは真逆の主張をしたことや、進行役を務めた政策委員長が「本蔵氏のお言葉はぐっと身に染みます。要するに矢面に立っておられるわけです」とあおったことは、議論を誘導するためだったようにも見える。こうして地震学側が求めた両論併記案は消えていったのだった。( 続き を読む)
〈 《写真あり》「南海トラフ地震」発生確率70~80%の根拠は「江戸時代から眠る古文書」…政府の検討委員である地震学者も反省した「その中身」とは 〉へ続く
(小沢 慧一/Webオリジナル(外部転載))

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