静岡県の川勝平太知事によるいわゆる「御殿場コシヒカリ発言」に端を発した給与返上条例案の審議で、9月県議会総務委員会に出席した川勝平太知事は、2年近くも頬かむりした責任を表面的には認めた。
川勝知事は2021年の参院選補選の応援演説で、御殿場市を「コシヒカリしかない」などと発言。県議会で辞職勧告決議案を可決され、給料1カ月分と期末手当(ボーナス)の計約440万円を返上するとしていたが、実際はそのまま受け取っていたことが問題になっていた。
総務委員会では2年近くも遅延した金額の妥当性を問題にされたが、川勝知事は自らペナルティーとして科した「給料1カ月分と暮れのボーナスの合計446万円余りの返還」を堅持。自民党県議らは増額を要請したがこれを拒否して、何とか逃げ切った。
この結果、政治責任の明確化などを求めた「附帯決議」とともに、「知事の給与の特例に関する条例」は、最終日の10月13日の本会議で原案通りに可決されて、9月県議会は閉会する予定だ。
唯一の救いは、県議会総務委員会が、過去の副知事3人の退職金辞退に関わる疑義については継続審議としたことだ。
副知事の退職金を巡るおカネに関する火種はそのまま残され、川勝知事と自民党県議団との対決は12月県議会に持ち越されることになった。
全国的に見ても知事が退職金を受け取っているのに、県庁OBの副知事が退職金を辞退することの異常性や、副知事の任命権者である川勝知事の越権行為を疑わせる問題は9月7日公開の記事「退職金4060万円を2回も受け取りながら副知事3人は辞退…自分にはとことん甘い川勝知事の『職権乱用』」でも詳しく伝えた。
9月県議会で、副知事の退職金辞退の経緯が大きな問題になったが、過去の経緯をすべて洗ったわけではなく、特に一方の当事者が不在の場では厳しい追及はできなかった。
川勝知事の給与返上トラブルの根底には、リニア問題の対応などを踏まえれば、副知事でさえ知事に物言えぬ県庁組織の闇の部分が透けて見える。
今回の「附帯決議」には、「知事の不適切発言による県政の混乱を踏まえ、県当局は知事の言動を十分に把握した上で、知事をいさめること」と盛り込まれた。
残念ながら、「知事をいさめること」の実効性は全く期待できない。
本稿では、副知事の退職金辞退で9月県議会では追及されなかった川勝知事の過去の重大発言を明らかにするとともに、当事者である元副知事3人を県議会に招請するなどの提案をわかりやすく伝える。
2009年に初当選した川勝知事は、選挙公約で退職金4090万円を受け取らないと表明していた。
知事ら政治家は、公職選挙法で勝手に退職金を辞退することはできないため、知事の退職金辞退の条例が2012年9月県議会で可決された。
退職金辞退を表明した1期目途中の2012年2月県議会で、副知事を2人から3人体制に増員することを提案したのに伴い、川勝知事は「副知事が退職金を辞退することが1つのやる気の条件になる」などと答弁、「副知事は退職金を受け取らない」と表明した。
この知事発言を受けて、2012年4月に副知事に就いた大須賀淑郎・元県企画広報部長は記者会見で、「自らの意思で退職金を辞退する」と明言した。大須賀氏の任期は4年間で、退職金は約2000万円。
ところが、2014年12月県議会で、川勝知事が2期目の退職金約4060万円を受領することを表明したため、大須賀副知事に「退職金辞退に変わりないのか」と質問が飛んだ。
大須賀氏は「自らの考えで退職金を辞退したが、もちろん制度上は条例化されていて、副知事の退職金は支給される決まり。退職金は法解釈上、賃金の一部であり、本来月例給で支給されるべきものを退職時に一括してもらう性質なので、後進の副知事は、私の判断に関係なく自らの判断で対処してほしい」などとあまりにも苦しい答弁をした。
公務員は法律、条例に厳格に従うはずなのに、大須賀氏は個人の意思で退職金を辞退するとしたのだ。
実際には、副知事就任前、「副知事が退職金を辞退することが1つのやる気の条件」とした川勝知事が副知事を指名する際、大須賀氏へ退職金を辞退するよう何らかの圧力を掛けたのではないか、と多くの県議らが疑念を抱いた。
今回の9月県議会一般質問で、自民党の坪内秀樹県議がこの問題を取り上げ、「2012年2月県議会で『副知事3人体制になった場合、退職金辞退がひとつのやる気の条件』という答弁をした。それが実質的に退職金辞退を副知事に強要したともとらえられかねない。知事は責任をどう認識しているのか」とただした。
これに対して、川勝知事は「本県を退職した職員は、県の出資する団体に再就職した場合には、退職金を支給しないように要請しているという取り扱いを踏まえ、副知事は自らの意思で退職金を辞退されていると認識している」などと答弁した。
川勝知事の言う「取り扱い」とは何か。
かつて国家公務員は現役を終えた後、「わたり」と称して何年かごとに複数の関係団体へ「天下り」して、多額の退職金を受け取ることが横行していた。その批判から、国は2009年に地方団体への再就職に退職金の辞退を要請した。この要請を受けて、静岡県も同様に全国の自治体で同じような取り扱いをしているというのだ。
しかし、各都道府県を見ても、静岡県のように副知事の退職金に同じ要請をしている自治体はない。自らの意思による副知事の退職金辞退の事例もない。
つまり、副知事に就くことは「県の出資する団体に再就職する」ことには当たらないのだ。
また、2014年12県議会で大須賀氏は、退職金辞退の理由に県の要請という説明をしなかった。
大須賀氏の後、2015年8月から2019年7月まで土屋優行氏、2016年4月から2020年4月まで吉林章仁氏が副知事を務めている。
県OBの土屋、吉林の両氏ともに退職金約2000万円を辞退した。
今回の知事の答弁通りであれば、県職員出身である、現在の出野勉、森貴志の両副知事は退職金を辞退しなければならない。
退職金を辞退した過去の副知事は「県の出資する団体に再就職した場合には、退職金を支給しない要請」に従ったからである。つまり、県の要請というのであれば、出野、森の両氏も退職金を受け取れないことになる。
ふつうに考えれば、県の要職に就く副知事が県の要請に逆らって、自らの意思で判断することなどできるはずもないからだ。
しかし、9月県議会で、川勝知事は「それぞれの副知事が自らの意思で判断された。今後も副知事の判断を尊重する」などと何度も述べた。
副知事が退職金を辞退したのは、指名した川勝知事が辞退させる圧力を掛けたか、あるいは辞退せざるを得ない忖度(そんたく)を誘導した疑いをぬぐえない。
9月県議会の答弁で、川勝知事は「そのようなことは全くない。当時の副知事が自らの意思で判断したものと認識している」などと否定した。
果たして、川勝知事の言うように、副知事が自らの意思で判断したのか?
坪内議員らの質問にはなかったが、2016年2月県議会で川勝知事はこんな答弁をしている。
「大須賀副知事と土屋副知事は本県の再就職の取り扱いを踏まえて自らの意思で退職手当を辞退するものと承知している。吉林氏につきましても、副知事として県議会の承認をいただき就任した場合には両副知事と同様に辞退されるものと聞いている」
今回の県議会総務委員会で、「副知事に就任する前に意思確認を行った事実」があったかどうかを問われたが、担当の人事課長は「事務方ではそのような事実はない」と就任する前の退職金辞退の意思確認はないと回答した。
また、京極仁志・県経営管理部長は「副知事就任の際、退職金の制度があることを説明している」とも回答した。
これでは川勝知事の答弁と矛盾してしまう。つまり、事務方の知らないところで、川勝知事は副知事予定者と退職金辞退のやり取りをしていたことになる。
知事答弁の時点では、土屋氏は任期を3年半残している段階であり、吉林氏にいたっては副知事に就任する以前のことである。
これではどう考えても、副知事が自らの意思で判断するのではなく、任命前に退職金を辞退するのかどうかを川勝知事が確認していたことは明らかだ。
そのような事実を事務方は全く承知していなかったことになる。
つまり、副知事の退職金辞退は、任命者の川勝知事が何らかの形で“踏み絵”を示した可能性が高いとも言える。
もともとは、川勝知事が1期目の退職金を辞退するのを踏まえ、大須賀氏は副知事就任に当たって、川勝知事に倣って退職金辞退を表明したのだろう。
ところが、2期目で川勝知事のみが退職金を受け取り、大須賀氏ははしごを外された格好となった。
土屋、吉林の両氏については「静岡県の再就職の取り扱いに従う」という都合の良い理屈を考えた。
となれば、来年4月に任期の切れる出野副知事も退職金を受け取るわけにはいかなくなるわけだが、誰が考えてもおかしな理屈である。
県議会総務委員会で、副知事たちの辞退した金額約2000万円は、今回の川勝知事の給与減額約446万円の約5倍にも当たることが問題になった。
大須賀氏の指摘した通り、退職金は毎月の給料で支払われるべきものを一括してもらう性質があるからだ。
だから、川勝知事が自らのペナルティとした金額の妥当性が問題となり、副知事の退職金への疑義が継続審議となった。
次回の総務委員会には、大須賀、土屋、吉林の3氏を参考人に呼ぶべきである。
地方公務員法第34条では、「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また同様とする」と一般職員に守秘義務を求めている。
しかし、副知事ら特別職にはこの規定は当てはまらない。つまり、大須賀、土屋、吉林の3氏は、総務委員会で事実をありのままに話すことができるのだ。
ただ、参考人の場合、本人の都合で出席を拒むことができる。
もし、本当に事実を明らかにするのであれば、県議会に疑惑や不正をただす権限を持つ百条委員会を設置して、この問題を取り上げることもできる。
6月県議会本会議で、川勝知事は、仮に不適切な発言があった場合には辞職すると明言した。ところが、今回の総務委員会で、不適切な発言かどうかは自らが判断するとして、本会議での発言を曖昧なものにしてしまった。
「不適切な発言」かどうかを知事自らが判断するのでは非常に難しい。
元副知事たちが公の場で、川勝知事の圧力があったのか、忖度させるような誘導があったのかどうかの真実を話せばよいのだ。
それがはっきりとすれば、川勝知事は出処進退を自ら判断するだろう。
まずは、12月県議会総務委員会に元副知事を参考人として呼ぶことを提案したい。12月県議会は12月1日に開会される。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)