風評懸念、でも「国を信頼するしかない」 福島県沖で底引き網漁解禁

東京電力福島第1原発にたまる処理水の海洋放出が始まった後、初めてとなる福島県沖の底引き網漁が1日、解禁された。2カ月間の休漁を経た初日の水揚げ量は「まずまず」という。放出による風評被害を心配する声が聞かれた一方、久しぶりの漁を前向きにとらえる声が目立った。【柿沼秀行、尾崎修二】
同県漁業協同組合連合会(県漁連)に所属する49隻のうち12隻が所属する久之浜漁港(同県いわき市)では8月31日深夜、港に集まった船員たちが出港準備を始めた。ある男性船員は「ヒラメなんか、どれくらい取れるんだか」と期待しながら船に乗り込んだ。静かな海にけたたましいエンジン音を響かせ、日付が変わった1日午前0時すぎから、三々五々、港を出て行った。
午前7時40分ごろ、最初に第12稲荷丸が帰ってきた。タイ、ホウボウ、マコガレイ……。たるは魚でいっぱいだ。沖合7~8キロ付近を回ってきたという。船主の遠藤洋さん(54)は「量は普通だね。ようやく始まった」と汗を拭った。処理水の海洋放出による風評への懸念は「気にはなるが、安全だという国を信頼するしかない」と話した。
頭をよぎった「処理水」
同市漁業協同組合の組合長でもある第28新章丸の船主、江川章さん(76)は、通常は1回だけ引く網を2回引いてきたという。海の上ではちらちらと処理水のことが頭をよぎった。「ちょこっと、嫌だなというひっかかりは感じる」と言う。そのうえ水温は普段より5、6度高い26、27度。難題が重なる。
それでも「やっぱり漁師だから。海は気持ちいいよ」。自宅の神棚に豊漁を祈願して臨んだ今季初の漁を終え、表情は充実感にあふれていた。
午前8時、競りが始まった。魚種ごとに仕分けられたかごを、仲買人たちが顔を寄せ合い、値札を書いた紙を入れていく。ある仲買人の女性は「魚の大きさ、目の色、うろこの状態などを見て値段を決めている。初日だし」と、かごをのぞき込んで考えながら値を書いていた。
市水産課によると、アカムツが人気で1キロ7000円近い高値で取引され、タイやカレイ類も同600~500円程度など、値は普段通りだという。ピークは通常10月ごろといい、「これからどんどん水揚げ量も増えるだろう」と期待していた。
松川浦漁港(同県相馬市)からも相馬双葉漁業協同組合の20隻が出漁し、正午前にはヤナギダコやイカなどが次々と水揚げされた。海水温の高さのせいかタコが小ぶりで、競りではその分値が安かったものの、風評被害の影響とみられるような明らかな異変はなかった。
原釜機船底曳網船主会の高橋通会長は「12年間放射能と闘ってきて今更どうこうはない。今日で終わりじゃない。文句ばかり言っても仕方がなく、前を向いて漁を続けたい」と淡々と語った。ある漁師は「いつまでも反対と叫んでいると、今度は漁業者が批判の的になりかねない」と口にしていた。
水揚げ拡大へ国の支援事業始まる
今季の底引き網漁から、いわき市漁協などでは、水揚げの拡大に向けた国の支援事業「がんばる漁業」の計画が始まる。対象となる18隻の合計水揚げ量は2022年で震災前(10年、1753トン)の38%で、計画では26年までに50%以上に回復させる。今季は40%を目指す。
一方、相馬双葉漁協は今季から同事業の2期目に入る。対象の23隻の合計水揚げ量を27年までに震災前(10年、4761トン)の70%に増やす計画で、今季は55%を目指す。
底引き網漁は来年6月まで続く。相双漁協は今季、原発事故でストップしていた宮城県沖での操業を再開する予定だ。同漁協によると県境の漁場の状況などを見極めた上で、早ければ10月ごろから4隻ずつ操業する見通しだという。
原発事故前の福島県の操業海域は宮城から茨城、千葉県沖にまたがり、漁獲割合は福島42%▽宮城以北32%▽茨城以南26%――と県外沖が過半数を占めていたが、原発事故以降はストップしていた。

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