市民を襲撃した4事件で殺人罪などに問われた特定危険指定暴力団工藤会(北九州市)トップで総裁野村悟(76)、ナンバー2で会長田上不美夫(67)両被告の控訴審は9月で証拠調べが終了した。2審の大きな焦点の一つは、2事件を独断指示したなどとする田上被告の供述に対する評価。被告人質問で田上被告側は供述変遷の理由や家族とのやりとりも語り、信用性の高さを示そうとしたとみられる。一方、検察側は虚偽の主張などと反論する。1審初公判から約4年。裁判は最終局面を迎えている。
「傷を負わせて一生恥ずかしい思いをさせようと思った。本当にすみません」――。田上被告は9月27日の被告人質問で、関与を認めた看護師刺傷と歯科医師刺傷の2事件について、謝罪を繰り返した。検察官からは「助かりたくて(1審で)否認したのか」と問われ、田上被告は「結果的にそうだ。(1審の)弁護士に相談し、うそをついた」と述べた。
4事件のうち唯一の殺人事件で、1998年に射殺された元漁協組合長について、弁護側から面識の有無を問われると、小料理屋で会って、野村被告を紹介したことがあると認めた。1審で両被告は面識がないとしており、田上被告はうそをついた理由について「事件に関係ないことを印象づけるためだった」と話した。
田上被告は家族についても語り、後悔をのぞかせる場面もあった。1審で無期懲役判決を受けた後、家族は「お父さんは何もしていないのに」と涙を流していたという。その家族への事件関与の告白。「事実は話したくなかった。築いてきた父親像が崩れたと思った。家内にも子どもにも良い影響を与えないと思って、家族と組は別にしてきた。家族は泣いていた。本当に後悔している」とした。
事件を起こした理由を問われると、「自分の……ちょっと言葉が出てこない。何でも自分の言うこと、することが通ると思っていた。おごりだと思う」と振り返った。一方、工藤会の今後については存続を望む意向を示した。その理由については「私のようにこのような世界でしか生きられない人間もいる」と説明した。
今回の裁判で検察側は控訴していないため、田上被告は関与を認めても、無期懲役判決より重い刑が言い渡されることはない。検察側は、「田上被告には野村被告の刑事責任を免れさせようとする強い動機がある」とし、独断で指示したとする新供述について、「信用できない」と主張している。
一方、1審で死刑判決を受けた野村被告は、福岡県警の元警部銃撃事件について、事件発生を知り、組員らに「俺は工藤会やめるぞ」などと激高したという話を展開。1審では出ていない新たなエピソードで、検察側は「なぜやめなかったのか」などと問いただした。
次回期日は11月29日で、検察側と弁護側双方が意見を述べる弁論が行われる。福岡高裁は証拠調べは終了したとして、次回で結審する意向を示している。
法廷 激しい応酬
捜査当局が工藤会壊滅に向けた「天王山」と位置づける工藤会トップの公判。控訴審では、検察側は、福岡高検公安部長の検事が自ら法廷に立っている。この検事は福岡地検小倉支部時代に元漁協組合長射殺事件を担当するなど工藤会に精通。被告人質問で身ぶり手ぶりを交え、野村被告に「なぜ覚えてないのか」「工藤会との関係は断ち切るのか」などと追及した。
一方、控訴審から就いた両被告の弁護人は、山口県光市の母子殺害事件など死刑が争われた事件を担当してきた安田好弘弁護士ら。高裁に求めた証人尋問などが却下された際には安田弁護士は立ち上がり、その証人の「重要性」について語り、「野村被告は死刑を受ける。無視し続けるつもりか」などと語気強く異議を申し立てた。検察官が「採用されていない証拠を陳述するのは……」と述べると、安田弁護士は「弁論を妨害するつもりか」と気色ばむなど、法廷では激しい応酬も繰り広げられている。