[教団解散請求]<下>
「高額の献金をするため、家にはいつもお金がなく、ご飯もまともに食べられなかった」「家族は今も洗脳が解けず、自分の人生もめちゃくちゃにされた」
13日に行われた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への解散命令請求。文部科学省が東京地裁に提出した約5000点の証拠資料の中には、元信者や信者の家族らの悲痛な思いがつづられた多数の陳述書がある。
政府が請求の要件として掲げる「組織性、悪質性、継続性」の3要件。その立証のカギを握るのが陳述書の「証明力」だとベテラン裁判官は語る。「一人一人が『被害だ』と訴える行為の違法性はどの程度なのか、教団の関わりはどうなのか。宗教法人格を奪うかどうかという重い判断をする以上、訴えの内容を慎重に見極めなければならない」からだ。
「正体」を隠した伝道や霊感商法などを民法上の不法行為と認定し、教団に賠償を命じた判決は30件を超える。だが、行為の時期は2000年代前半までと古いものが多い。「今まさに解散させる必要がある」と言うには、現在まで続く被害を陳述書で示さざるを得ず、立証での重要性は高い。
裁判はこれから本格化するが、前哨戦は始まっている。政府が9月、宗教法人法に基づく質問権の行使に応じなかったとして、解散命令請求に先立って行った過料の通知。教団が今月、地裁に出した反論の意見書には厳しい政府批判が並ぶ。
政府は従来、同法が解散命令に必要だと定める「法令違反」を「刑事事件を起こした場合」と限定的に解釈してきた。法令違反の趣旨を「刑法等の実定法規に違反するもの」とする司法判断があったためで、岸田首相も昨年10月18日に国会で「民法の不法行為は入らない」と答弁したが、翌日の19日に「不法行為も入りうる」と翻した。
意見書はこれを「朝令暮改を地で行く 恣意 的な解釈変更で、法の支配に反する」と主張。解散命令にはあくまでも教団幹部の刑事事件が必要だと強調する。顧問弁護士の福本修也氏は9月に東京・渋谷の教団本部で開いた記者会見で「不法行為としての元信者の話を千も万も集めようが、無駄骨じゃないか」と言い切った。
法令違反を理由に解散命令が確定したのは、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教など2例だけ。捜査機関の集めた証拠が使われ、裁判に関わった元裁判官は「事実認定は容易だった」と振り返るが、それでもオウムは確定まで7か月、もう1件は3年を要した。
民事判決や元信者らの陳述書などを基に審理される今回。別の裁判官は「刑事事件がなければダメだということはないだろうが、あった方が悪質性などの認定はしやすい」とし、「陳述書の真偽や法解釈を徹底的に争えば、事実認定に相当な時間がかかる。結論も要する期間も見通せない」と話す。教団は既に「裁判で法的な主張を行っていく」との見解を公表しており、全面的に争う構えだ。
裁判が長期化した場合に元信者らが懸念するのが、教団の財産の流出だ。宗教法人への解散命令が確定して清算手続きに移れば、裁判所が選任した「清算人」が財産を管理するが、それまでは自由に処分できる。
元信者らの被害救済に取り組む全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が入手した内部資料によると、教団は過去に本部のある韓国に年間300億円弱を送金していた。教団が不動産などを現金化して韓国に送ったり、別の名義にする「財産隠し」をしたりすれば、命令が出ても元信者らは救済されない。
教団は韓国への送金が国内信者の生活を圧迫しているとの批判を踏まえ、昨年9月に海外送金の「凍結」を表明。「財産隠し」についても、広報担当者は「社会の批判が高まるようなバカなことはしない」と明言するが、全国弁連の川井康雄弁護士らは「海外に多額の送金をしてきた教団が財産隠しをする可能性は高い」と警戒する。
元信者らは早期の解散命令とともに請求段階で財産の移動を禁じる法整備を願う。全国弁連は昨秋以降、政界への要望を繰り返し、立憲民主党は臨時国会に特別措置法案を提出する方針を表明。日本維新の会も宗教法人法改正案を出す意向だ。だが、盛山文科相は13日、解散命令請求後の記者会見で「財産保全は、被害者がまずは主体的にするのが筋だ」と述べており、実現するかどうかは不透明だ。
教団が日本で宗教法人の認証を受けて約60年。被害を訴える声は1980年代からあったが、政府の動きは鈍く、「誰も助けてくれなかった」との思いを抱く元信者らは少なくない。
「問題を防ぐには社会全体で対応し続けなければならない。今回の請求がそのスタートになってほしい」。現役信者の両親を持つ男性は取材に切々と訴えた。(この連載は、社会部 小峰翔、杉本和真、政治部 中田征志が担当しました)