地元漁師「何が起きようと一生この海で生きていく」…処理水放出、「常磐もの」守る覚悟

東京電力福島第一原発の処理水放出が24日に始まり、廃炉への一歩が踏み出された。地元の漁師は困惑しながらも、ふるさとの海で生きていく覚悟を語り、加工業者らは「逆風だが、国内の需要は十分あると信じている」と前を向いた。
「放出で何が起きようと、この海で一生漁師をやっていくつもりだ」
父親と刺し網漁や釣り船の経営をする福島県いわき市の佐藤文紀さん(33)は、力を込めた。
原発事故当時、大学生だった文紀さんは卒業後、東京都内で会社勤めをした。原発事故の影響で漁業再開の見通しが立たず、父親の芳紀さん(64)から「漁師以外の安定した仕事に就くように」と勧められたからだった。
その後、主力魚種の出荷が再開されたのを機に、7年ほど前に帰郷した。いまは親子でヒラメやシラス、ホッキ貝、タコなどをとっている。釣り客も全国から訪れるようになり、ようやく軌道に乗ってきた。9月には3人目の子供が生まれる。そんな時期に、処理水が放出された。
芳紀さんは「政府と東電は『処理水は関係者の理解なしには処分しない』と県漁連に約束したはずなのに」と憤りが収まらない。海洋放出を巡り、いわき市で漁業関係者と国、東電の意見交換会が非公開で開かれた際には、「我々の苦境をマスコミに世界中に伝えてもらいたい」と公開するよう訴えた。
福島、茨城沖で水揚げされる魚介は「常磐もの」と呼ばれ、東京の市場でも高く評価されてきた。だが、原発事故後、福島県漁連が国より厳しい基準の独自検査で安全性を証明しても、風評で競りにすらかからないことがあった。
影響は漁業の担い手にも及ぶ。漁師不足は深刻で、いわき市漁協の組合員は震災前の456人から今年3月には285人まで減少した。平均年齢が70歳近い地区もあり、県漁連会長の野崎哲さん(69)は「このままでは『常磐もの』ブランドは早晩消滅する」と危機感を示す。文紀さんは「国は責任を持ってしっかり対応してもらいたい」と訴えた。
近隣業者「需要十分ある」

地元の海と生きるのは漁師だけではない。
全国一のホヤ産地・宮城県。石巻市の水産加工会社「本田水産」は、昨年から温度管理を徹底してホヤの臭みを抑える取り組みを始めた。
朝仕入れたホヤは、氷入りの海水につけたまま加工場に運ぶ。加工場でも冷やした海水に繰り返しくぐらせ、関東などのすし店、スーパーなどに当日中に届けられる。
同県のホヤ水揚げ量は年5000トン前後。原発事故後は、最大の輸出先だった韓国が県産ホヤの受け入れを制限した。このため、同社など水産関係8社は2021年に協議会を設立。宮城大と高品質のホヤづくりを進め、国内の販路を開拓してきた。「ホヤのファンを地道に増やしていきたい」。本田水産顧問の本田太さん(72)は語る。
茨城県北茨城市のJR大津港駅近くにある海鮮料理店「食彩 太信 」は、冬場になると名物のアンコウ鍋が人気だ。ここのメニューに7月、海鮮しゃぶしゃぶが新たに加わった。
地元産のアワビや伊勢エビ、地魚などを、地酒と昆布のだし汁にくぐらせ、ポン酢で味わう。注目が集まり、既に10、11月の団体予約が昨年の2割増しという。
運営会社の社長で、仲買も料理もする前田賢一さん(47)は「うちは地魚で売っている。飲食店として漁師を応援し続けたい」と話している。
「より一層応援」首都圏消費者

首都圏の消費者からは福島県を応援するため、積極的に海産物を買ったり食べたりしたいとの声が聞かれた。
同県の産品を販売する「日本橋ふくしま館」(東京都中央区)を訪れた千葉県船橋市の会社員女性(48)は処理水の放出に理解を示し、「常磐もの」も気にせず買うつもりだと話した。その上で「安全性の説明はもちろん、地域の海をさらにきれいにするなどイメージをプラスにする取り組みが必要だ」と国に注文を付けた。埼玉県春日部市の無職男性(76)は福島市出身で、毎月、同館で買い物をしてきた。「漁業者は風評被害で苦労すると思うので、魚も買い、より一層ふるさとを応援したい」と語った。
一方、飲食店を経営する埼玉県飯能市の男性(54)は「自分は気にせず食べるが、国がいくら安全性をアピールしても、気にする人は多いと思う」と影響を懸念した。
福島県漁連会長「不安が増した」

東京電力福島第一原発の処理水放出の開始を受け、福島県の内堀雅雄知事は24日、東電に「全社を挙げて万全な対策を徹底的に講じるよう求める」とのコメントを発表した。国には「(放出が)長期にわたろうとも、最後まで全責任を全うしてほしい」と強調した。
また県漁連の野崎哲会長は放出反対の立場を改めて示し、「今この(放出の)瞬間を目の当たりにし、漁業者の不安な思いは増している。安心して漁業を継続することが唯一の望みだ」とコメント。国には安全性の確保などを求め、「すでに発生している風評被害への可及的速やかな対応を強く求める」とした。

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